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2014年1月13日

ライカビル ver1.8

ライカビル ※通称
東京都中央区日本橋室町3-2

跡地に建設→E.T.S.室町ビル

5F 未詳
4F 国策社 事務所 ■主宰:三浦義一:日本金銀運営会を仕切る
関係者
関山義人※側近、国策社青年部長、興論社 社主
西山広喜富国生命ビル
4F 日本金銀運営会 ■創設者:迫水久常
迫水久常参議院議員秘書→中江克己

※政府が国民から接収した金やダイヤモンドの一部が集められる
※床下に莫大な黄金やプラチナのインゴット
4F 亜細亜産業(株) ■社長:矢板玄
矢板家15代当主
東山工業(株)取締役
三菱化成 顧問
(株)下野銀行 頭取/顧問
矢板信用組合 理事長
3F 亜細亜産業(株)
3F 三浦義一事務所
3F 秘密連絡事務所 GHQ ジャック・Y・キャノン中佐
2F 亜細亜産業(株)
1F シュミット商会 ライカ輸入代理店

■メモ
「三階から上は、お化けが出るぞ」※1

ライカビルに出入りしていた方々 ※2
児玉誉士夫、阪田誠盛(元阪田機関長)、関山義人(三浦義一側近)、西山広喜(三浦義一の片腕)、
笹川良一、斉藤昇(国家地方警察長官)、鍋山貞親、伊藤律(朝日新聞記者/共産党幹部)、
吉田茂、岸信介、西尾末広(社会党幹部)、村井順(吉田総理秘書/初代内閣調査室長)、
田中栄一(元警視総監)、佐藤栄作、白洲次郎

醤油とライカビル(ぴゅあ☆ぴゅあ1949)より

M資金(5)でも少し書きましたが、
ライカビル の昭和20年代のオーナーは野田醤油(現キッコーマン)とのこと。
(参考文献:『何も知らなかった日本人/畠山清行』)

このとき、同ビルには亜細亜産業と三浦義一の事務所がテナントに入っていて・・・

戦後まもなくの野田醤油にはGHQの
マーカットがなにやら絡んでいて。
キッコーマンHPより 戦後の醤油事情とアメリカへの輸出再開
「戦後、当社のしょうゆの輸出再開が実現したのは1949年(昭和24年)
 こと。 アメリカ、カナダから輸入し農林省から割り当てられた原材料を
 使い、輸出用しょうゆとして質の高い規格品を造ることになり、輸出価格は
 GHQの意向を受けた農林省・通産省と協議し、1リットルあたり
 100円に決まりました」
 <以上引用>

■参考書物
※1 「完全版 下山事件 最後の証言」柴田哲孝著
※2 「日本軍の金塊 馬賊王・小日向白朗の戦後秘録」関浩三著

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