« シンワアートオークション ver1.9 | トップページ | 12月1日:午前中 »

2013年12月 1日

国会質疑:柳澤伯夫大臣・シンワアートオークション関連

第154回国会 財務金融委員会 第23号
2002年7月9日

五十嵐文彦委員 それでは、財務大臣、結構でございますので、どうぞ。
 それでは、前回の質問の続きの話にさせていただきたいと思います。恐縮ですが、柳澤大臣の
御自宅の問題を取り上げさせていただきました。前回の質問に対して、六月十二日の当委員会での質問でございますけれども、浜松市鴨江四丁目二百三十七番五のもとの柳澤大臣の私邸の土地建物でありますけれども、地元ゼネコン川島組の子会社、株式会社川島デベロップに九八年五月に売却をされたということで、そのときの売却価格は約七千万円という答弁を前回の委員会で大臣はされたわけであります。
 私はそれで納得をしたわけなんですが、建物は木造で十七年たつものですから、その価値は、考えてみると、多分一千万までいかない評価になるんだろうと思います。数百万円程度。それで、逆算をしていきますと、土地の買い取りの平米単価は約二十二万円程度になるというふうに逆算ができます。そこで、地元の不動産業者さんに、売買当時の周辺の単価はこの地域はどのぐらいですかということをお尋ねしたところ、平米十二万円程度であるというお返事をいただいたわけであります。
 そうなると、やはりこれは相場の二倍近い価格で地元の親しいゼネコンの子会社に買っていただいたということになって、適正価格というのとは離れているんではないかというふうに思うのですが、そうすると、高く買ってもらったんだという地元でのうわさが本当だったという話になるのではないかなと思うのです。その点について、いかがですか。
柳澤伯夫国務大臣 私は、先般の御質問にもお答えしましたように、こういうことについては評価の要素が非常に大きいというふうに思いますし、私自身そういったことについていろいろ立ち入った交渉事をする時間的なゆとりもないということから、私の知り合いのそうしたことに通暁されている一級建築士の資格を持っている方、この方は、また同時に都市計画なんかについても地域の団体のリーダーとして非常に深くかかわっていらっしゃる方で、土地の事情にも詳しい方でございますが、たまたまその方が知り合いだものですから、その方に交渉をすべて一任させていただいたということでございまして、私は、彼が適正な評価をしてくれたということを確信している次第でございます。
 一々の評価について、私、今、この段階でもコメントをする余裕はございませんし、またコメントを差し控えさせていただきたいということでございます。

○五十嵐委員 ただ、前回も指摘しましたけれども、一方で、新しく建てられた家はこの川島組が建てられたということで、こちらはいわば請負ですね。新しい家の請負の方と、そのもとの土地の買い手の方はほぼ同一と言ってもいい会社であるということ、また公共事業を請け負うゼネコンであるということで、私は、ある人に交渉を一任したからそれで済むんだという話では済まないような気がします。ぜひお調べいただいて、わかりやすく、周囲の方々に疑念を持たれないような説明の仕方をされる必要があると思うのです。
 もともと、
この鴨江四丁目の土地というのは、大臣が大蔵省に二十年近く勤務をされた後、一九八〇年六月に衆議院に初当選をされて、その直後とも言っていいと思いますが、十一月に旧第一勧銀から購入をされているわけであります。銀行から土地を買っちゃいかぬというわけではないわけですが、しかし、官僚当時から金融機関との癒着があったんではないかというような、それこそ推測をされかねない話なんだろうと思います。
 また、この当時、実は大蔵省は金融機関との癒着というのが大変問題になった時期とも重なるわけでありますから、この第一勧銀から宅地を購入された経緯、価額等がおわかりでしたらお教えをいただきたいと思います。
○柳澤国務大臣 大体の時期的な経緯は今委員が御指摘のことであろうと思います。私、今ちょっと手元に持っておりませんので。
 五十五年、当選して以後間もなく、私、その土地を購入させていただきました。これは私、それまで住んでおりました横浜のうちを売却して、自分が地元との関係というものを強く考えている人間であるということのあかしとして地元に引っ越してこい、こういう後援者の御指示もありまして、そういうことをいたしたわけでございます。
 
第一勧銀がもとの所有者であったわけですけれども、私、初めて当選したわけですけれども、私は大蔵省現役の当時から別に銀行と親しい関係にあったわけではございませんし、また、当選一年のほやほやの私が大蔵省出身の人間であるというようなことも余り世の中の人は知らなかったというふうに私は思っております。それは、よく大蔵省出身の代議士というような名簿が出ることもあったんですが、その中にどういうわけか私はおっこっていまして、実は私も変な話だとは思いながら、そういえば私、卒業してから、例えばそういう大蔵省のOBの集まりなんか一切出ておりませんし、自分が大蔵省の人間であるというのは、別に鼻先にそれをぶら下げてその後の活動をしたわけではありません。私は専ら農林の仕事をしておったというようなことでございます。
 そういうようなことで、私、実は娘がおりまして、近くの学校に通っておったんですが、娘がどうしても転校したくないと言うものですから、最初借家をしたところの近くで土地を探してやらなきゃいけないという私は使命を帯びたわけですね。一、二件あったんですが、売ってくれるというところを探したわけですが、それがたまたま第一勧銀の社宅の跡であった、こういうことでございます。
 私は、実はこの交渉も一切いたしませんでした。たまたま私の知り合いに、その当時不動産鑑定士の試験に受かった青年がおりまして、遠縁なんですけれども、それが不動産屋をこれからやるというようなことでございましたので、その青年に交渉一切を任せたわけでございます。そういうことで、値段の点もほとんど、何か難しい交渉があったというふうには本人からお聞きしませんでした。
 実は、価額について、私はこの間、自分に疑惑みたいな形で言われましたので、本当のことを申し上げたんですけれども、そうしたらかえって、こういうことを言ったと申しましたら、私の知り合いの税理士が、そういうことを言うとこれからは商売がやりにくくなるんだから、余りそういうことをぺらぺらしゃべらない方がいいんですよと言って注意されました。私も、それもそうかなという感じがいたしましたけれども、しかし、またここでも、今度はこの価額を申し上げないということになるとまた何か変な感じになりかねないということで、そのものを申し上げますけれども、価格は二千六百万円強でございました。

○五十嵐委員 今お話を伺って、なるほどなということもあるわけですが、ただ、銀行は当時の大蔵省に対しては大変関係が深かったわけですから、銀行が有力な大蔵省のエリートであった柳澤さんのことを知らないで売るということはないと思うのですね。それは、今の御説明ではどうかなと思う点でありますけれども、自宅の問題はここまでといたします。
 次に、私、大臣の地元の磐田郡福田町の方から実名入りで投書をいただきました。地元の太田川という川があるんですが、その堤防に柳澤大臣夫人紀子さんのサイン入りの絵がペンキで描かれている。地元の小中学生の絵でもいいと思うのだけれども、なぜ政治家の奥さんの絵なのか。不自然じゃないかということなんですね。
 これは不自然なんですよ。これが絵なんですが、これは周りの風景と全然マッチしていないんですね。堤防にただペンキで、こう、いきなり周りの色と違う絵がかかれているわけですね。この地元の投書をされた方は……(発言する者あり)何を言っているんだ。当時の、よく聞きなさいよ、当時の福田町長、この福田町長は森田弘さんという方なんですが、実は柳澤さんの元私設秘書なんです。後援会の幹部であり、私設秘書なんです。要するに、柳澤さんの元秘書だった町長さんが、いわば柳澤夫人の絵を宣伝してあげているということになるんではないですかという話なんです。
 そのほかに、町営の健康福祉会館というのが、リフレUというのが地元にあるんですが、そこにイハラ工業団地組合から寄贈されたというやはり夫人の作品が掲示をされているし、夫人の作品は静岡県庁の浜松総合庁舎にもあるということなんですね。
 また、地元企業が夫人の、有名な版画家でいらっしゃるわけですけれども、その版画作品をかなり購入しているんだけれども、結構版画というのはたくさん刷りますから相場はそんなに高くないんですが、二、三十万で買っている、あるいは買わされているという話がありまして、これは形を変えた、いわば迂回献金ではないのか、政治献金の迂回した姿ではないかというのが投書の中に実は書かれているんです。これは重大な話なんですね。
 ですから、単に奥さんの話だとか、地元の話とかという話ではなくて、政治にかかわる問題として解明する必要があるということなのでありまして、よく聞いてからやじを飛ばしてください。いかがですか。
○柳澤国務大臣 私の妻は版画家として活動いたしておりまして、これは私の結婚以前からの活動でございまして、私はこの彼女の活動に対して一定の敬意を払っているものでございます。
 妻の活動を政治資金集めに利用するようなことは一切いたしておりません。これは、どういうことでそういう、素人の皆さんの、何か一種の連想みたいなことでそういう話を組み立てられているんだろうと思うのですが、私の妻の売り上げというのは、これは事業収入として、それにかかった経費と一緒に事業所得として申告をしているものなんです。
 したがって、どういう形でそれが政治資金に活用できるかといえば、それは、一つは、私の妻がその自分の所得を私の後援会か何かに寄附をしてくれるというようなことがあり得るかと思うのですが、そういうことはいまだかつて一度もございません。
 それからまた、本当にお笑いになると思うのですが、私が、私の妻の作品が何らかの形で売れたとして、そのお金をこちらに流用しちゃうようなことをすれば、領収書が出ているお金でしたら、これは売上除外になってしまうんです。ですから、そういうことはあり得ないわけなんです。私の妻はずっと所得の申告をしておりますから、そういうようないいかげんな経理ということはできないのでございます。
 今いろいろなお話をされましたけれども、したがって、私は、彼女はもう独立の、プロのアーティストなんです。ですから、私はその活動に対しては一切干渉していないし、私の活動と混在させるようなことは一切いたさないのでございます、私は。したがって、市町村とか県とかというようなものが作品を何かその空間に欲しい、パブリックアートが欲しいという場合にも、私は一切関係ありません。市長さんにも県知事さんにもそんなことを話したり、何かその関係の筋の人に私の妻のはどうですかなんということは、これはもうないわけです。
 加えて、たまたま今お引きになられた例で申しますと、県庁のものとかあるいは福田の工業団地がお買い上げいただいた作品なども、工業団地であるし、当事者は。それから、県庁の作品も、これはどなたかが元請をされて、そうして、それでそのアートを一体だれにお願いするかというときに、たまたま家内、妻が選ばれたということであって、私とは、妻もまた、市とかそういうものには関係ないわけです。
 一点、その福田町の今委員が写真を見せられたそれですけれども、それは浜松のペンキ屋さんがやられたものでございまして、私の妻はその原画を、どのぐらいの大きさか私知りませんけれども、書いたんじゃないでしょうか。そして、その原画料として、私、妻の作品の値段なぞについてはこれから一切言うつもりはありませんからね。その前提の上でこの件だけに言いますと、十一万一千百十一円というものをいただいて、それは当然申告の収入金額の中に入れてあるということでございます。

○五十嵐委員 私どもが解明する必要があると言っているのは、公共事業との絡みがあるということが一点なんですね。
 それから、一切かかわりないとおっしゃったけれども、別の情報では、大臣の政策秘書の
松永晴行さんという方、いらっしゃいますね。松永さんは、ヒルクレスト平河町三〇二号室の柳澤事務所で紀子夫人の版画の営業を行っていませんか。
○柳澤国務大臣 松永秘書は、私の高校の同級生で、私の議員になるからずっと私の事務所で、若干の健康のぐあいとかなんとかで中断はありますけれども、基本的に一貫して私の事務所で働いてくれている私の同級生です。その人間は、残念ながら、昔、私、高校の時代には彼は書道部で非常に立派な字を書いておったんですが、この関係については全く、何というか、趣味、趣向というか、たしなみはないわけです。それから、そういう松永秘書が私の妻の絵を取引しているなんということは、金輪際、一切ありません。全くないことです。
 これは、何と申しますか、じゃ、それ、どうしてそういうことを皆さん、不存在を言うのは、これはなかなか難しいのですが、ただ、一つだけちょっと言いますと、画廊が、画廊というのは貸し画廊と企画の画廊があるわけです。企画の画廊というのは、絵かきさんが展覧会をやるときには全く料金なぞは取らないで、自分のリスクでもってその売れたものの何がしかのものを自分の収入にする、そういうものなんです。
 したがって、私の家内、妻も画廊がついています。ですから、そういう画廊さんが、そんな、片っ方で松永秘書がそんなに売り歩いちゃったら、マーケットがめちゃくちゃになっちゃいます。展覧会をやったとき売れなくなっちゃいます。直取引になっちゃいます。そんなことは絵の取引の常識としても全くあり得ないことで、そういったことを全く御存じない方が、まあ先ほどの連想でそういうことをおっしゃっているのかなと思ったりいたしております。

    〔中野(清)委員長代理退席、委員長着席〕
○五十嵐委員 そういう連想だとすれば、連想が出てくるのは、やはり絵画ビジネスというものに柳澤さんが接触点が余りにも多いからということなんだろうと思うんですね。
 一番問題なのは、実はRCCとかかわってくるんですけれども、柳澤さんの秘書官だった倉田陽一郎さんという方がおられるんですが、この方が今、現在では
シンワアートオークションというオークション会社の社長になっておられるんですね。これは大手のオークション会社です。このシンワアートオークションという会社については、同業の方なりいろいろな方から、どうもここだけにいわゆる超高額な絵が出てきたり、問題があるという話がかなり実は出ているわけであります。
 そこで、いわゆる金融機関は御自身が買い集めたりあるいは担保としてとったものの中に美術品の名品があったりするわけでありまして、その金融との関係でここにそうしたものが出てくるんではないか。それから、この
シンワアートオークションという会社は、さらに言いますと、画商の皆さんがこれは集まって、出資をしてつくった会社と言われているんですが、ヨーロッパではオークション会社と画商は切り離していなければならないんですね。自分のところの売れ残り品をオークションにかけてつり上げたりして相場形成ができるというようなことで、禁止されているのがヨーロッパでは普通であります。それが、画商の集まりであるオークション会社ができるというのは、それだけで、日本では法律で禁じはされていないけれども、不自然であるという話がありまして、ここの問題が出てくるわけであります。
 そこで、私は、金融機関、破綻したところも含めて、いろいろな美術品がRCCの管理下に入っているんではないかなと思うんですが、預金保険機構の松田理事長に、大変恐縮でありますけれども、わかりましたら、RCCの管理下に入った美術品の点数、それから簿価、それからRCCが売却をした点数、売却の総額、そして、この
シンワアートオークションを通じて売却した美術品があるかどうかについてお伺いをしたいと思います。
○松田参考人 お答えをいたします。
 平成十四年の三月末までにRCCが破綻金融機関から譲り受けた、担保ではございません、所有になりました美術品は、引き受け簿価で四億一千二百十一万円でございます。件数としましては、千四百三十一点ございました。そのうちこれまでに処分をいたしましたものは四百八十八点でございますが、それに見合う簿価は三億六千五百二十二万円でございまして、実際に売れた処分額は四億一千六百十二万円、約五千万円の利益が出たという処分をいたしております。
 次に、お尋ねのシンワアートでございますが、大きなところの取引は回数にして約十回弱ございますけれども、その中でシンワアートがかかわりましたのは一回だけでございまして、このときに売りましたものは、簿価として千三百二十二万円のものを二千四百八十七万円で処分をして、約一千百万円ぐらいの利益を得た、こういう実情にございます。

○五十嵐委員 取引は一回だけ、大きなものは十回弱でその中の一回がシンワアートオークションを通じてだということでありますが、いずれにしても、柳澤さんの周辺でそうした美術関係の取引に携わっている人がいるということは事実であります。
 また、このシンワアートオークションについては、周辺から言われていることは、
普通、こうした大きな美術品の買い物をしたところには国税当局がどういうお金でお買い求めになられましたかということを聞いているというのが通常と聞いております。ところが、このシンワアートオークションに関しては、そういう国税からの問い合わせが来ない、それは後ろに柳澤さんという大物がいるからだという話がこの業界の中で伝わっているわけですよ。場合によっては、あるいはシンワオークションの方がセールストークでそう言っているのかもしれませんけれども。
 そのようなことが伝わっているので、特に柳澤さんと元秘書官だったこの倉田さんの関係、そして
美術品がRCC経由で流れることがあるということについては、私はやはり解明の必要があるというふうに思うんですが、この点については御説明がいただけるでしょうか。
○柳澤国務大臣 倉田秘書官は、私どもの勉強会の若い仲間です。非常に優秀な、外資系の証券会社に勤めていて、市場のいろいろな事柄についてのノウハウは、もう本当に豊かに持っている青年であります。そこで、私は、最初に金融再生委員長になったときに、彼を口説きに口説きました。これはもう、自分がせっかく外資系の勤めていたところが、本国に引き揚げて、自分が独立したという時期から幾ばくもありませんでしたから。しかし、私は、もう国のためだと、君をおれは必要とするんだということで、秘書官に就任してくれたわけであります。私にとっては非常に貴重な働きをしてくれた青年でして、いまだに感謝の念を持っております。
 この秘書官が、私の退任と同時にやめてもとの仕事に復帰して、そして休止、休眠していた会社をもう一回業務の開始をするというような届けをしていよいよ始めたんですけれども、そうしたら幾ばくもなく、今度私はこういう仕事をするんだと言って、今委員の御指摘のようなこの会社の社長になったんです。
 何でなったかというと、彼は自分が自営業者であるときも、
ライオンズだかロータリーの銀座の会員だったわけです。そういうようなことの中で、そこに出席している方々と知己を得て、そして、なかなか倉田君という青年は非常に物の見方も鋭い人間でございまして、恐らくそういうことがアピールしたかと思うんですが、結局ヘッドハントみたいに、自分たちの会社の社長でやってくれ、こういうことを言われたんだそうです。
 私の聞いているところ、私どもは、友人たちはびっくりしまして、それはやめておけ、実はそういうことを言ったんです。言ったんですけれども、頼まれたことで、自分もおもしろいと思うというようなことを言って、その任についたわけですが、その仕事のことで何か私の金融の当局者としての仕事にかかわりのあるようなことは、もう全くございません。もうこれは、彼の名誉のためにも私はもう力説しておきたいと思うんですけれども、そういうことはもう全くありません。ぜひ御理解を賜りたいと思います。

○五十嵐委員 これはかなり業界の中で流布されているうわさがあり、また、それだけではなくて、関係の雑誌等にいろいろなことがシンワオークションについては書かれております。これについては、さらに調査をさせていただきたいというふうに思います。

|

« シンワアートオークション ver1.9 | トップページ | 12月1日:午前中 »

日本政治」カテゴリの記事