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2013年9月11日

新宿NSビル ver3.9

新宿NSビル
東京都新宿区西新宿2-4-1

23F (株)京王エージェンシー
20F
8F
6F
住友不動産(株) 本社
20F
13F
新宿エヌ・エスビル(株)
18-19F
2F
住友不動産販売(株) 本社
■梅田営業センター:大阪駅前第3ビル

■監査役:多賀谷恒八(1994.6-2008.6)
■顧問:多賀谷恒八(2008.6-)
(一財)小林国際都市政策研究財団 監事
18F (株)THEグローバル社 2010年7月1日-株式移転により設立
※(株)グローバル住販は子会社に

■監査役:三枝龍次郎
元(株)第一勧業銀行 調布支店長
元(株)オリエントコーポレーション 常務取締役
元 東京リース(株)管理部長

■監査役:後藤勇
元(株)第一勧業銀行 伊勢支店長
元 日本土地建物(株)常務取締役
18F (株)グローバル住販 2004年8月-転入
17F (株)シーブイシービジネス 旧所在地(-2003年5月26日)
移転先→リビエラ南青山ビル 4F
代表取締役(-2003.5):上田澄雄
監査役(-2003.5):内田和秀
16F ミサワホーム(株) 代表取締役:竹中宣雄
13F (株)綜合臨床ホールディングス 監査法人:仰星監査法人
12F セントラル警備保障(株) 本社
■中央事業部:晴海アイランド トリトンスクエアオフィスタワーW

■監査役:後藤啓二
(株)白洋舎 監査役
11F セイコーエプソン(株) 登記本店
11F ポールトゥウィン・ピットクルーホールディングス(株) 本社
11F ピットクルー(株) 新宿オフィス
11F ピットクルー・クロスラボ(株) 本社
9F (株)キトー 東京本社
8F (株)インタースペース 本社
7F (株)ハイテック 東京支店
■本社:六本木ヒルズ森タワー 35F
■大阪支店:大阪駅前第4ビル
■福岡支店:第2博多偕成ビル 5F
4F 喜多村脳神経クリニック ■院長:喜多村一幸
※元東京女子医大脳神経外科教授・喜多村孝一の息子
※喜多村孝一教授→児玉誉士夫の主治医
4F 榊原記念クリニック (公財)日本心臓血圧研究振興会
※榊原記念病院(府中)の外来部門
2F (株)アルデプロアセットマネジメント
(株)テレウェイヴ
※その後(株)SBR→(株)アイフラッグ
旧所在地(-2009年7月30日)
■現所在地:芝パークビルA館
(株)船井財産コンサルタンツ・ネットワークシステム 旧所在地(2003年7月28日-未詳)
(株)船井不良債権処理ファンド 2004年4月1日-転入
2007年12月19日-株主総会の決議により解散
2008年4月16日-清算結了
■役員抜粋
代表取締役:岩﨑一雄
・(株)船井財産コンサルタンツ静岡 設立
(株)船井財産コンサルタンツ 旧所在地(2003年7月28日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
(株)船井エステート 旧所在地(2004年1月13日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
KRFコーポレーション(有) 旧所在地(2005年9月9日-2010年4月1日)
移転先→青山タワープレイス
(株)プロジェスト 旧所在地(2008年10月14日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
社会保険労務士法人 プロジェスト 旧所在地(2008年10月14日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
(株)ブレーン・サーチ 旧所在地(2008年10月14日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
(株)開生社 ※(株)プロジェスト 内
※生化学工業(株)大株主
旧所在地(2008年10月14日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
新業(株) ※(株)プロジェスト 内
※生化学工業(株)大株主
旧所在地(2008年10月14日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス
(株)TKO ※東京リスマチック(株)関連会社
旧所在地(2008年10月15日-2009年10月1日)
移転先→青山タワープレイス

【国会】衆-文教委員会-7号(1976年5月19日)
※これと関連するハココネ→喜多村脳神経クリニック、榊原記念クリニック

木島委員 これはいま新聞で御存じのとおり、榊原さんと児玉の関係は、たとえば昭和四十八年の六月に日本経済新聞に連載された榊原さんの「私の履歴書」の中に、あの東京女子医大日本心蔵血圧研究所の運営団体の設置に絡んでこう書いていらっしゃいます。「児玉氏を介して神田博厚相を紹介していただいたが、厚相は大乗り気で、自ら石坂泰三氏のところへ連れて行き、引き合わせて下さった。石坂氏も「それほどの意気込みなら」と各方面に紹介状を書いて下さった。」「かくして古岡博人先生(東京女子医大学長)を理事長とした日本心臓血圧研究振興会が成立した。」こういう関係にもあります。  そしてまた、児玉譽士夫は「生ぐさ太公望」という本の中でもこう言っております。「昭和三十八年の夏、自分は再び支笏湖を訪れた。この時は今は亡き河野一郎先生も一緒で、東京女子医大の榊原任先生ご夫妻もはるばる一緒にやってこられた。」「それから数日間、榊原先生のご夫人は自分の家内と一緒にアイヌ部落や牧場、樽前山などを見物し、北海道情緒を楽しまれ、榊原先生は静かにパレットと絵筆に親しまれたり、あるいは、自分と一緒に姫鱒釣りを熱心に研究されていた。」こういう「支笏湖に遊ぶ」という一章があります。夫妻でもってわざわざ北海道の支笏湖まで数日間行っていらっしゃるという関係であります。
 そして昭和四十八年の六月、榊原さんと吉岡女子医大学長と二人は、児玉と非常に関係の深い東亜相互企業の社長の
町井久之さんの経営されていらっしゃる社交クラブTSK・CCCの会員にもなっていらっしゃいます。このことは、児玉と東京女子医大との関係にかかわります
 女子医大は、四十八年二月にその町井さんのやっていらっしゃる東亜相互企業から
福島県の西白河郡西郷村大字小田倉字馬場坂の土地を、私の計算に誤りがなければ最初に買った五倍以上の値段で東京女子医大は買っております。この土地は東北本線白河駅から三十分くらいで、那須・白河高原であります。東北新幹線、東北高速道路等の計画進行中でもあります。そしてこの土地全体は、まだ開拓農家の廃屋があり、山林だけのようなところでありますけれども、その土地を広大にこの東亜相互企業が買っておりまして、幅二十メートルの道路もできております。その一部を東京女子医大は買っておるのであります。
 この土地購入は、うわさによりますと、不動産銀行が、先ほど申しましたTSK・CCCという社交クラブとこの土地購入のために五十四億の融資をしたとうわさされておるところでありますけれども、これはこの東亜相互企業の町井さんと児玉の関係というものを少し説明しなければならぬかもしれません。
 町井さんは、東声会という、あるときに広域暴力団に指定されたところの会長でもありますが、六〇年安保のときに、児玉がアイゼンハワー大統領歓迎の体制を確立するために、当時の自民党の川島幹事長から要請されて関東会を組織しました。その関東会には、北星会、東声会、錦政会、義人党、松葉会、住吉連合等が結集されます。そういう関係にあります。だからそのTSKというのは東声会のことでもあり、あるいは東亜相互企業の頭文字でもあるなんてうわさがされるゆえんでもあるのですけれども、児玉はその東亜相互企業の顧問でもあります。そしてこの広大な土地をいろいろなところに売りつけていらっしゃるようであります。神戸製鋼やあるいは三越等にもいろいろなうわさがあります。その一部の場所を東京女子医大が買っておるのであります。
 これはいま私が質問していることと直接かかわりがありませんから、なんでありますけれども、ところがこの購入する農家のある一人が証言しておりますけれども、その購入の最初に児玉譽土夫がみずからその農家に交渉に行き、その後に東亜相互企業にその交渉は引き継がれておるという経過をたどって、そして幾つかの土地の転がしがあって、私の計算では最初に買った金の五倍以上、もっともっと、十倍近くと計算するのでありますけれども、それで女子医大が買っておるのです。

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