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2013年6月29日

多摩サービス補助施設〜wiki拾い読み

多摩サービス補助施設
多摩サービス補助施設(たまサービスほじょしせつ、英語名: Tama Hills Recreation Center)は、東京都多摩市東部連光寺と稲城市北西部大丸と坂浜にまたがって存在する米軍施設。多摩レクリエーションセンターとも呼ばれる。元・多摩火薬製造所(多摩弾薬庫)。正式な施設名称は「Tama Service Annex」で、1977年(昭和52年)10月6日、日米政府間協定により従来の「Tama Ammunition Depot」から変更された。施設番号はFAC 3019。

元々は大日本帝国陸軍の造兵廠火工廠板橋製造所多摩分工場(多摩火薬製造所)として1938年(昭和13年)に開所された。1939年(昭和14年)9月の段階では、敷地面積284,039坪(約939,000m2)、従業員数883名で、炸薬と伝火薬筒(炸薬と信管の中間にあって爆発を媒介するもの)を中心に製造をしており、炸薬は月450トンを生産していた。終戦時には、敷地面積523,464坪(約1,730,572m2)、従業員数2,085人まで拡張された。その名残で、今も施設と稲城市の城山公園との境界線には「陸軍用地」と書いた石碑が存在する。
1945年(昭和20年)9月にGHQが駐留を始め、翌1946年(昭和21年)11月には接収され空軍の弾薬庫として使用されていたが、横田基地の第3爆撃航空団(3BW)がアメリカ本土に移駐してからは山田弾薬庫(福岡県北九州市)から横田基地へ直接弾薬が搬入されるケースが多くなったため、1960年代後半には施設の遊休化が目立つようになっていた。

ご近所は、稲城市向陽台

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