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2012年5月26日

極東会〜wiki拾い読み ver1.2

極東会
極東会(きょくとうかい)は、東京都豊島区西池袋に本部を置く日本の的屋指定暴力団。日本最大の的屋組織。構成員の総数は2007年(平成19年)の暮れの時点で約1400人。前身は極東関口会。

本部:東京都豊島区西池袋1-29-5
山の手ビル4F C号
首領: 曺圭化(通称:松山眞一

松山眞一
松山眞一(まつやま しんいち、本名: 曺圭化、チョ・ギュワ、1927年 - )は、指定暴力団・極東会会長、極東五代目。

昭和58年(1983年)、東京都池袋で、住吉連合会(会長は堀政夫)幸平一家と極東関口(総帥は松山眞一)三浦連合会(後の極東会真誠会)とが抗争事件を起こした。堀政夫と松山眞一とが会談し、和解が成立した。これを機に、博徒と的屋との親睦を図っていく機運が生まれた。

昭和59年(1984年)、関東に本拠を持つ神農組織が大同団結して、
関東神農同志会を結成した。中核組織は極東関口会(会長は田中春雄)だった。

平成2年(1990年)11月、松山眞一は極東関口会を継ぎ、極東関口会を極東会と改称した。

平成7年(1995年)5月、松山眞一と稲川会稲川裕紘会長は親戚の血縁盃を交わした。
同年7月、松山眞一と住吉会
西口茂男会長は親戚の血縁盃を交わした。
平成8年(1996年)3月、松山眞一と
松葉会牧野国泰会長(本名は李春星)は親戚の血縁盃を交わした。

■宝くじと関口会
「宝くじ戦争」大山真人著(洋泉社)
第6章 片岡一久vsテキ屋 より
片岡は新宿の尾津喜之助、池袋の関口愛治など主要なテキ屋の親分に話をつけた。どのような話になったのか、片岡本人も亡くなっているためこれ以降は推測の域を出ない部分もあるが、当時片岡のもとで 働いていた部下が「接見」を証言している。ただ、渋谷、上野などの「解放国民」と話ができたとは思えない。駅前占拠は東京に限ったことではなく、片岡は地方の都市にも出かけて話をつけたという。
 これは片岡の長男である英統<ひでのり>(一敬を改名)の話である。
「父はよく名古屋の話をしました。名古屋に行くと、教えてもいないのに名古屋の有力な親分衆が駅に出迎え、父は居並ぶ親分衆の間をかき分けるようにして進んだといっていました。父のことですから、胸を張って堂々と歩いたんでしょうね」
 英統は、親分衆が片岡を出迎える原因を「
俺が宝くじの世話をしてやったからだ」と聞いている。 

片岡一久→片岡一久宝くじ部長の軌跡参照

豊島区西池袋1-29-5 山の手ビル入居テナント
パワーバンク(株)→旧所在地→
埼玉県川口市本町3-2-7-1202号

0526c

0526d

埼玉県川口市本町3-2-7といえば→アールエフマイコン参照
加藤友康氏→通産官僚とRFID〜その1参照※アールエフ・レボリューション(株)

0526b

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