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2011年11月10日

オリンパス下山・元社長〜wiki拾い読み ver1.1

下山敏郎

下山敏郎(しもやま としろう、1924年5月4日 - )は、日本の実業家。オリンパス光学工業で社長・会長を歴任した。2011年現在は同台経済懇話会副代表幹事などを務める。

地元の歩兵第30連隊を見ていた影響などから軍人を志し、2年生で受験した陸軍幼年学校には合格できなかったものの、4年修了時に
陸軍士官学校に合格。1942年に58期生として入学し、予科の2年間は仮想敵国のロシア語と中国語を学んでいる。2年生になると指導生徒に選ばれ、航空機操縦への憧れから陸軍航空士官学校に進んだ。1945年3月の卒業時の兵科決定では司令部偵察機を志望したが、近距離戦闘機の乗員として明野陸軍飛行学校に少尉として任官した。

まもなく明野で空襲が激化したため、
満州のジャムスに移って空中戦の実戦訓練を積んでいる。8月9日にはソ連が対日参戦したため奉天北飛行場に移動し、同期の操縦士全員によって編成された特別攻撃隊に組み込まれて戦車への特攻が命じられた。しかし実行の前に8月15日の終戦を迎えたため、部隊長の独断による帰還命令に従って同期生とともに釜山まで列車、さらに博多まで船に乗って帰国した。この部隊長を偲び、山本卓眞らとともに後年まで同期会を開いていたという。

陸軍士官学校58期卒参照

■外部資料
【図解・経済産業】オリンパスの歴代社長と主な出来事(2011年11月)

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