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2011年11月

2011年11月29日

新六本木ビルには植物の名前のSPCがいっぱい

新六本木ビルは、第一勧業銀行六本木支店→みずほ銀行六本木支店の所在地ですが、宝くじ関係の日宝販関連会社、ハーデス・グループの登記拠点でもあります。

登記簿を見たところ、東京リース関連で植物の名前が付いた会社がものすごく沢山あり、面白いなあ、と思いました。

植物の名前が沢山な会社一覧(1)(港区六本木7-15-7 新六本木ビル

植物の名前が沢山な会社一覧(2)(東京リース移転先の新宿区西新宿6-10-1日土地西新宿ビル

ブンガマンガ、ブンガチェンパカ、ブンガマワって何なのでしょうか?
というより、それぞれ何をやってる会社なんでしょうかね?

みずほ銀行六本木支店の土地登記

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2011年11月26日

ドラゴンファイヤー〜wiki拾い読み

ドラゴンファイヤー

馬主:窪田康志→窪田芳郎

ドラゴンファイヤーは日本の競走馬である。全兄にユニコーンステークスの優勝馬ナイキアースワークがいる。馬名の由来は「龍+炎」。初代馬主の窪田康志は現在はAKSの代表である。

AKS

株式会社AKS(エイケイエス)は、東京都江東区に本社を置く人材派遣会社である。代表者は日本中央競馬会で馬主登録も行っている窪田康志。

AKB48、SDN48、SKE48、HKT48の運営会社で、営業所はドン・キホーテ秋葉原店の8階(AKB48劇場と同一)に所在している。芸能プロダクションの経営、レコード会社、音楽出版社などの役割も果たす。

■参考記事
昔のニュース:イーグルポイントGCが自主運営やめ新体制に

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昔のニュース:イーグルポイントGCが自主運営やめ新体制に

イーグルポイントGCが自主運営やめ新体制により

年会費史上最高105万円
イーグルポイントGCが自主運営やめ新体制に

05年1月以降9回に渡って実施された会員募集での発行価格は、1000万円から始まって、最高は2500万円という最近としては超高額募集。

 何かと話題をさらってきたのがイーグルポイントGC。同GCは4大タクシー会社の一角である国際自動車が母体となって、99年4月にオープン。代表の平野氏らが取得したのは04年9月。

 平野氏の他、GMOの
熊谷正寿氏、光通信の重田康光氏、牛角の西山知義氏、USENの宇野康秀氏、テイクアンドギヴ・ニーズの野尻佳孝氏、同社の監査役を務める公認会計士の平田毅彦氏、そしてシートゥーネットワークの創業者稲井田安史氏の個人8名に、本宮氏の法人であるサード・ラインと電子部品製造機器メーカーの東京ウェルズの2社で、発行済み普通株600株を、きっちり60株(10パーセント)ずつ持ち合う形でスタート。

■つぶやき
イーグル

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テスコジャパン〜wiki拾い読み

テスコジャパン

本社所在地
東京都中央区築地六丁目19番20号 ニチレイ東銀座ビル11階

沿革
1947年6月 - 水産食料品の加工・販売を目的として、株式会社枡新商店を設立。
1981年3月 - 株式会社マスシンに商号変更。
1989年7月 - シートゥーネットワーク株式会社に商号変更。
1994年 - 加工食品卸売り専業から、小売り業にも進出し「つるかめランド」を展開。
2000年3月10日 - 東証2部に上場。
2001年3月1日 - 東証1部に指定替え。
2003年3月 - イギリスのテスコが、株式公開買付けによる買収を発表。
2003年10月17日 - テスコ傘下となり、東証1部上場廃止。
2007年9月18日 - テスコジャパン株式会社に商号変更。
2010年1月-埼玉県さいたま市内を中心に5店舗展開していたスーパーチェーンのクリーンストアーを買収。
2011年8月31日 - 本家の英テスコが日本からの撤退を表明

■メモ
ニチレイ東銀座ビル=小杉産業の所在地ビル
シートゥーネットワークの創業者稲井田安史

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2011年11月25日

一柳アソシエイツ人脈図 ver1.7

■一柳アソシエイツ人脈図 ※随時補完する予定です。
※"別名でリンク先を保存"で原寸で保存できます

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アルティス

(株)アルティス

会社法人等番号 059261-港区
本店 東京都港区麻布台1-11-9
法人成立の年月日 1993年4月6日
法人履歴 1993年4月6日-(有)植物栽培研究所設立(神奈川県藤沢市片瀬山3-20-11)
2002年8月1日-港区虎ノ門3-11-15 SVAXTT 3階に本店移転
2005年10月1日-(有)植物栽培研究所を組織変更し設立
2005年10月1日-港区麻布台1-11-9に移転

■役員抜粋※港区の閉鎖分は取得していませんので、その期間は未詳です。

代表取締役 久松裕明
取締役
2002年5月-
小野裕史 (有)植物栽培研究所

(株)グローバル・カンパニー 取締役
テクノマイニング(株)取締役
監査役 田中稔 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照
監査役
2008年6月-
齋藤浩志

■考察
(有)植物栽培研究所の藤沢市登記簿は見当たらないが、高柳植物栽培研究所が同住所。
その研究所の沿革から、(株)イー・ティー・ハーベスト→(株)ラプランタ

(株)ラプランタ
長野県岡谷市長地柴宮3-15-1(オリンパス株式会社 岡谷事業所内)
代表取締役社長 五味文誠

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2011年11月24日

DRCキャピタル

DRCキャピタル(株)

コージツ完全子会社化の件、なんか興味深い。

DRCキャピタル→青松英男代表取締役→ソーテック

アクティブ・インベストメント・パートナーズ株式会社
→DRCキャピタルの前身

昔のアセット・インベスターズ(株)のIRによると--
※アクティブ・インベストメント・パートナーズは英国ロスチャイルド等の協賛により設立した企業再生ファンド運営会社であります。

ソーテック--wikiより
1999年 三宝の主導でiMacに酷似した一体型パソコン「e-one」を発売し、販売差止処分を受ける。品質に対する膨大なクレームも相俟って業績が急降下したためキョウデンと資本・業務提携し、三宝の出資比率を下げた。大邊はキョウデン取締役を兼任。
2004年 創業者の大邊が退社し、(新)工人舎を設立。キョウデンが持ち株をアクティブ・インベストメント・パートナーズに売却し、キョウデングループから離脱。

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2011年11月23日

(有)アルティマ・コンサルティング・文京区白山

(有)アルティマ・コンサルティング

会社法人等番号 034556
本店 東京都文京区白山1-36-2-801号
法人成立の年月日 2001年10月9日
移転履歴 2002年11月18日-港区虎ノ門2-3-17に本店移転
備考 白山の謎〜ミドリ電化とアルティマ・コンサルティング参照

■役員

出口俊司取締役 元 野村アメリカ
セントラル・ビジネス・オーディット参照
櫻井和儀取締役 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照
出口榮子取締役

■参考記事
アルティマ人脈の法人

Olympus_2


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NEWS CHEF ver1.1

NEWS CHEF(株)

会社法人等番号 0100-01-046711-中央区(銀座8-9-11)
0104-01-054797-港区(麻布台1-11-9)
本店 東京都港区麻布台1-11-9 CR神谷町ビル
法人成立の年月日 1991年8月29日
法人履歴 (株)ジーエフピー-中央区銀座8-9-11
2003年8月25日-(株)NEWSに商号変更
2004年3月23日-NEWS(株)に商号変更
2004年8月1日-港区虎ノ門1-22-12に本店移転
2007年4月15日-NEWS CHEF(株)に商号変更
2008年7月22日-港区麻布台1-11-9に本店移転

■役員抜粋※港区の閉鎖分は取得していませんので、その期間は未詳です。

西村賢一代表取締役 1998年7月-2000年8月
西平隆代表取締役 2003年8月-未詳
大山義夫代表取締役 2003年8月-未詳
横尾宣政代表取締役 未詳-2008年5月
川田均代表取締役 2008年5月-現任
平田貴一代表取締役 2008年5月-現任
田中稔監査役 2005年1月-現任

■考察
(株)ICMGとの類似点→NEWS CHEFの旧所在地ビルと監査役

会社法人等番号 068684-千代田区
本店 東京都千代田区内幸町1-1-7
法人成立の年月日 2000年4月19日
法人履歴 (株)アクセル-中央区銀座8-9-11
2009年3月29日-千代田区内幸町1-1-7に本店移転
2011年10月1日-(株)ICMGに商号変更

■役員抜粋※閉鎖分は取得していませんので、その期間は未詳です。

舩橋仁代表取締役
田中稔監査役 2005年6月重任-現任

■参考記事
オリンパス第三者委員会と人脈


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2011年11月21日

ふるげん未来塾〜2006年献金者

■ふるげん未来塾
古川元久議員(衆・民主党(前原グループ))
愛知県立旭丘高等学校卒業→出身者:菊川剛オリンパス社長

■寄附者(個人分)抜粋※2006年3月30日報告分より
監査法人ナカチ・中地宏氏→(株)テレビ東京ホールディングス監査役
いちごグループホールディングス・古川令治
ダイコク電機・栢森秀行
藤沼亜起氏→日本公認会計士協会相談役(元会長)、野村證券(株)取締役、住友生命保険取締役etc

■メモ
監査法人ナカチ担当企業→(株)クレオ、(株)千年の杜
ダイコク電機→アジア刑政財団

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2011年11月20日

過去の出来事保管:三井住友〜大手町本部ビルの取得

1. 本店機能の移転
株式会社三井住友フィナンシャルグループ(取締役社長:北山禎介)および株式会社三井住友銀行(頭取:奥正之)は、以下のとおり本店機能を移転します。

……略

2. 大手町本部ビルの取得
株式会社三井住友銀行は、今般の本店機能の移転を踏まえて、柔軟性をもった拠点運営を行っていくため、現在賃借し使用中である大手町本部ビルを以下のとおり取得することと致しました。
(1)     取得資産の内容
      所在地 東京都千代田区丸の内1-3-2
      土地面積 5,956.23平方メートル
      建物面積 61,712.25平方メートル
      取得価格 1,251億円
(2)     売主
      商号 大手町キャピタル(有)
      代表者 取締役 矢野亮
      所在地 東京都港区六本木1-6-1 
(3)     取得予定日(注)
      2007年3月23日(金)
(注)取得予定日に信託受益権を大手町キャピタル有限会社より取得し、同日信託契約を解除することにより不動産の取得を行う予定です。

■メモ
奥正之頭取→登記簿住所=白山

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過去の出来事保管:みずほ銀行本店等の売却 ver1.1

みずほ銀行本店等の売却/IR日付:2004年2月20日

■譲渡資産の内容
所在地:千代田区内幸町1-1-5(土地13,269.46m2、建物135,194.75m2
譲渡価格:1,050億円(帳簿価格1,462億円)
現況:みずほ銀行本店等として使用
所在地:千代田区大手町1-5-5(土地8,495.06m2、建物89,176.93m2
譲渡価格:1,120億円(帳簿価格1,324億円)
現況:みずほ銀行大手町本部、東京中央支店等として使用

■譲渡先の概要
(1)みずほ銀行本店
商号:(有)ファースト・ユー
本店所在地:東京都港区六本木1-6-1
代表者:取締役 矢野亮エムズフォート(株)代表取締役
株主:有限責任中間法人ファースト・ユー・ホールディング 100%(平成16年2月20日現在)

(2)みずほ銀行大手町本部
商号:(有)東京プライムステージ
本店所在地:東京都千代田区神田神保町1-11三井生命神保町ビル11階
代表者:取締役 堀川朋善
株主:有限責任中間法人 東京SPCホールディングス 100%(平成16年2月20日現在)
(実質的には東京建物株式会社が過半を出資)

■譲渡予定日
(1)みずほ銀行本店:2004年3月12日
(2)みずほ銀行大手町本部:2004年2月27日

■メモ
千代田区神田神保町1-11←さくら綜合事務所

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2011年11月18日

コスモ・エイティの沿革

■コスモ・エイティの沿革
1981年4月20日-石川島播磨重工業(株)、碓井優(当時、情報システム室事業開発センター所長)の退職願を受理
1981年5月25日-碓井優とIHI退職者80名が中心になって会社創立、呉、相生、東京(飯田橋)に事業所を開設
1982年3月-日本アイ・ビー・エムとの特約店契約を締結
1982年5月-オリムピック釣具(現マミヤ・オーピー)の経営権を取得
1982年11月-北辰計装の経営権を取得
1983年3月-本社を東京都新宿区に移転
1983年11月-三菱商事日本アイ・ビー・エムとの三社合弁会社 (株)エイ・エス・ティと(株)エイ・エス・ティ総研を設立
1984年1月-マミヤ光機(現マミヤ・オーピー)の経営権を取得
1984年10月-大阪支店開設
1985年3月-NTTのINS(後のISDN)実験とタイアップ、ニューメディア事業に進出
1986年7月-名古屋事業所開設
1987年7月-(株)エイ・エス・ティと(株)エイ・エス・ティ総研が合併し、(株)エイ・エス・ティとなる
1987年7月-通産省シグマ計画プロジェクトに参画
1988年12月-通産省のシステムインテグレータ企業登録
1989年12月-甲府事業所、広島事業所を開設
1991年1月-システムインテグレータ企業認定
1991年11月-事業拡大のためセコムグループ傘下に加わる
1993年-セコム情報システムと合併、コスモ・エイティの幕を下ろす

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2011年11月17日

所在地交錯:オメガプロジェクトと荒井アンドアソシエイツ

オメガプロジェクト・ホールディングス(株)の移転履歴は興味深いのですが、その中でも次の所在地は要注目です。

住所 オメガプロジェクト 荒井アンドアソシエイツ
千代田区紀尾井町4-1 2006年7月29日-
2008年4月1日
2009年7月26日-
現在
千代田区麹町4-4-7 2008年4月1日-
2008年7月1日
2006年4月6日-
2009年7月26日

■メモ
荒井アンドアソシエイツ(株)=旧・荒井建設(株)※1997年7月に商号変更
荒井三ノ進代表取締役

荒井建設の旧事務所→サロン四谷

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2011年11月16日

国会質疑:コスモ・イーシー関連by木枯し紋次郎議員

145-参-法務委員会-5号 平成11年04月15日

中村敦夫議員
法務省刑事局長:松尾邦弘

○中村敦夫君 今回の問題は女性スキャンダルというプライベートな問題を発端に出てきてこれだけ大きくなった原因というのは、その背景にある政官財癒着という構造が見えてきたからであると私は考えております。
 検察幹部の交友関係についてちょっとお聞きしたいんですけれども、
検察幹部と民間業者の親睦団体である花月会というものがあります。これは実質的には住友銀行グループと取引業者、こういう人たちがスポンサーになっているわけです。このグループは構造的にいうともう大蔵省官僚の接待グループとダブっているというところに今回の問題の本質があるんではないかと私は考えておるんです。
 
則定さんはノンバンクのECC元会長の中岡信栄さんとの交流があったという報道がありますけれども、これは事実なんですか。

○政府委員(松尾邦弘君) その点は事実と相違しております。

○中村敦夫君 では、全然関係はないということですね。

○政府委員(松尾邦弘君) そのとおりでございます。

○中村敦夫君 それで、則定さんを中心にバックアップをしたいというファンといいますか取り巻きといいますかそういう人々の中で、花月会にも出入りしていた通産省官僚のスポンサーと言われていた石油卸商の
泉井純一さん、この人とも交流があったと言われています。こういう人間関係によって、通産官僚の汚職の問題というのは一度大きく持ち上がったけれども追及があいまいになって打ち切られたという経緯がありますが、これはかなりこの交友が影響したのではないかと言われておりますが、いかがでしょうか。

○政府委員(松尾邦弘君) 当初の雑誌の記載にそのような表現がございました。我々としてもその点の事実関係は重大なことと受けとめまして調べましたが、先ほどの中岡という人あるいは泉井という人と前検事長との交友は一切ありませんでした。

○中村敦夫君 則定さんの女性問題と接待に関連している業者で
佐藤章さん、この方はパチンコ業界の実力者なわけですけれども、パチンコの企業である藤産業というのがありまして、ここに国税の調査が入るということで、それが寸前でとまったということは、やっぱりこの検察官僚と大蔵官僚のスポンサーというのがつまり一緒だったんじゃないか、ですからこういうことになったんじゃないかということに関していかがですか。

○政府委員(松尾邦弘君) 今お尋ねのような事実関係は今回の件では認められなかったということを申し上げております。

○中村敦夫君 この佐藤章さん、この人はイトマン事件の疑惑に登場した
熊取谷稔氏が経営するコスモ・イーシー社の役員だったわけですけれども、則定さんと熊取谷さんとの関係というものはどういうふうになっているんでしょうか。

○政府委員(松尾邦弘君) 佐藤さんがいかなる人脈をお持ちか、あるいはいかなる交友関係をお持ちかということは全く佐藤さんの私的なことでございます。問題は、
前検事長がそこらあたりの認識がどうだったかというのは確かに関係することとは思いますが、その熊取谷と言われる方と佐藤さんが交流があるということについては全く認識はなかった、あるいはそういう事実関係については承知していなかったということでございます。

○中村敦夫君 私は、検察庁の人々がどこへ出入りしようと銀座で飲もうと、それは自由だと思うんです。基本的には、所管の業者ともし話をする必要がある場合は、これは普通の場所で日中、省庁でもいいですから、そういうところできちっと内容の話をすべきであって、接待的な場所でやるということは大変まずいと思うんですが、どうでしょうか。これはずっと続いているんです。それで、そうそうたる法務官僚や検察官僚の名刺がクラブにあるわけですから、これはちょっとまずいんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

○政府委員(松尾邦弘君) 今回の報道でも業者とか関係業者というような表現があります。それだけ聞きますと、あたかも法務省あるいは検察庁の職務に関することについての業者というような雰囲気が出るわけでございますが、今回の調査の中で、そういった点で業者と言われる方はいなかったということでございます。
 また、名刺の点でございますが、同期会をこの雑誌に掲載されたクラブで二次会としてやったことはありますが、検察官の名刺はその際使われたものということがいろいろな調査で明らかになっております。そういった名刺を使うことの是非等さらに御疑問もいろいろあるかもしれません。しかし、事実関係はそういうことでございました。

○中村敦夫君 しかし、こうしたクラブの値段というのはとんでもない値段なんです。私は芸能界出身ですからもう数え切れないほど行っておりまして、個人で払えるようなスケールの値段ではありません。三人で行ったとしても、どんなに安くても二十万以下で行けるというような場所ではないんですから、これが全部ポケットマネーでお役人さんが行けるということはあり得ないと思うんです。ですから、こうしたときにはやはりだれかが払っているというのがもう当たり前というんですか、今までのケースである。事実私もたくさんのお役人さんを知っていて事実は知っておりますけれども、
検察に限ってはやはりほかの省庁より相当に倫理というものが要求される場所なんです。
 ですから、どうなんでしょうか、会計予算として検察には交際費というのはあるんでしょうか。例えば則定さんの地位で特別枠とかというものは計上されているんですか。

○政府委員(松尾邦弘君) 会計の費目の中には確かに御指摘のように交際費というものはございます。それで、世間一般から、役人が交際費があるということになると、しかも今回の一連の報道などとそれがドッキングしますと、何かべらぼうな額の交際費をそれぞれ持っておるんじゃないだろうかというふうな感覚が生まれかねないので、あえて申し上げますと、例えば東京高等検察庁の一年間の交際費は幾らかといいますと、十万円ちょっとでございます。
 これは何に使うのかということでございますが、やむを得ない慶弔費の支出等でございまして、これもほとんどが私的に出す領域の話ですが、やむを得ず公務で出す場合をこの十数万円の中からやっているということでございまして、何十万とか何百万というスケールの話でない点はぜひ誤解がないようにお願いしたいと思います。

○中村敦夫君 私はその方が不自然だと思っているんです。つまり、どういう形の親睦会かというのはいろいろ形が違うと思うんです。まあみんな省内で一杯やろうかと、親方さんが連れていってというようなこともありますね。そういうケースもあるし、あるいは非常に何か勉強になる人たちと和気あいあいとどこかで一杯飲みたいというようなケースもあります。ですから、それに応じた良識のあるお金の設計の仕方、予算の設計の仕方が必要だと思うんです。十万円でやっていけるわけはないですよ。それはもっとちゃんとそういう予算をとって明白に報告してやると。
 ですから、予算がないからこそ、こうやって
わけのわからない人たちが出てきてべらぼうな金を払って接待する、それでかたいお役人さんたちは余り行ったことがないので、偉くなってからそういうところへ行くからびっくりしておかしくなっちゃうというケースが多いわけです、これ大蔵省の例なんか見ても。やっぱり若いときからある程度の世の中が見えるような、そうした行動がこそこそしないでできるようなシステムをつくられることを私は勧めたいんですけれども、いかがですか。

○政府委員(松尾邦弘君) いずれにしましても、検察官という職責を考えますと
、世間の人から疑惑を持たれるようなこと、これが仮に私的な領域のつき合いということでございましても、その点については人一倍配慮すべきである。中村委員が御指摘の点もまさにそこにあるんだろうと思いますが、それは今回のことも含めまして肝に銘じていくべきことかと思っております。

○中村敦夫君 終わります。

■補足
日本人がかかえた借金の額と泉井事件の黒幕(外部リンク)より

この事件が報道界を騒がせた97年初め、通産官房長として泉井事件の調査担当官に任命された広瀬勝貞は、省内の全調査をしたそうだが、大山鳴動鼠一匹出ず、という結果を報告し、通産大臣の佐藤信二もまた、官僚たちにお叱りをした程度で、われわれから見れば、全員がほとんど無処分となった。通産大臣だった森喜朗が泉井と会っていた疑惑は重大である。

■メモ
広瀬勝貞→(財)アルゲリッチ芸術振興財団

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ICMG ver1.4

(株)ICMG
東京都千代田区内幸町1-1-7 NBF日比谷ビル 21F (旧 大和生命ビル)

2000年4月19日-(株)アクセル 設立(東京都中央区銀座8-9-11)
2009年3月29日-東京都千代田区内幸町1-1-7に移転
2011年10月1日-(株)ICMGに商号変更

■役員抜粋

代表取締役社長 船橋仁
取締役
2011.6-
東明浩 ACA(株)代表取締役社長→北野アームス
元監査役 田中稔 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照
村上ファンドと阿河キャピタルプランニング参照
元取締役
元相談役・顧問
一柳良雄 (株)一柳アソシエイツ 代表取締役
通産官僚とRFID〜その1参照
※ほかリンク先参照
元取締役
相談役・顧問
花堂靖仁 國學院大學名誉教授
(一財)神道文化会 監事
※ほかリンク先参照
元相談役・顧問
監査役
村井勝 (株)ネットラーニングホールディングス 取締役特別顧問
(株)一柳アソシエイツ 特別顧問
通産官僚とRFID〜その1参照
※ほかリンク先参照

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防災情報機構〜wiki拾い読み

防災情報機構

事務所:東京都千代田区永田町2-9-8 パレロワイヤル永田町303

防災情報機構NPO法人(ぼうさいじょうほうきこう)は、防災、減災、危機管理および災害救援等にかかる最新情報の発信を事業の主軸として、民間の立場から積極的な提言を行うとともに、あわせてその実現に向けて貢献する事業を推進し、国民生活の安全と安心に寄与することをめざす特定非営利活動法人 (NPO) である。

    最高顧問:石原信雄(日本防災士機構最高顧問、元内閣官房副長官
    議長:樋口廣太郎(民間防災推進会議)
    常任顧問:関根則之(日本防災士機構常任顧問、元
消防庁長官
    会長:伊藤和明(日本防災士機構理事、元NHK解説委員)
    理事長:玉田三郎(日本防災士機構事務総長、防災情報新聞社主筆、日本防災士会常任幹事)
    常務理事:橋本茂(日本防災士機構理事、防災情報新聞社編集長、日本防災士会常任幹事) 
    理事:橋本良一
    監事:山田征男

■メモ
石原信雄氏→内閣官房副長官・事務担当参照
樋口廣太郎氏→朝堂院大覚〜wiki拾い読みプラス参照(※松浦幸作氏が私敬するアサヒビール会長)

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朝堂院大覚〜wiki拾い読みプラス

朝堂院大覚

朝堂院大覚(ちょうどういん だいかく、本名・松浦良右、まつうら りょうすけ、1941年-)は 世界空手道連盟(WKA)総裁。同志社大学卒業。

1982年3月、当時空調設備工事会社ナミレイの会長であったが、空調設備工事業界の大手
高砂熱学工業の株式を買い占め、筆頭株主の力を盾に高砂熱学工業の社長等を脅して業界提携やナミレイ発行の株式引き受けを押しつけたとして、当時ナミレイ社長だった実兄の松浦幸作ほか、ナミレイの他の役員等と共に強要罪で逮捕される(執行猶予判決)。

居合道警視流の宗家家元を務め、剛柔流空手道九段である。

■松浦家
松浦幸作、松浦良右、松浦幸男

■楽座会
楽座会とは、戦国の昔、織田信長によってそれまでの伝統習慣を打破し、新しい世の実現をとの信長の施策の一つである「楽市楽座」から命名

会長→松浦幸作大和証券出身
元・事務局長→故・戸谷俊弘大和証券出身
→元(株)オータ代表取締役社長、(株)ヤマシナ監査役、(株)JPホールディングス監査役

松浦幸作会長が私敬するアサヒビール樋口名誉会長(学校の先輩)←全国の信長会会長

全国の信長会が楽座会に転身

■オータグループ
(株)オータ戸谷俊弘代表取締役社長
(有)ファコー←(株)オータのアドバイザー
近藤忠行代表取締役(現(株)大塚家具監査役)
降旗(降籏)俊秀監査役(現・霞が関法律会計事務所・弁護士)→SHOP99〜wiki拾い読みプラス参照

■JPホールディングスの有報(H16)より

0505a

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2011年11月15日

大脱走(スピンアウト)より

大脱走(スピンアウト)」高杉良より

解説--森功より

石川島播磨重工業(IHI)から独立した碓井は、ソフトウェア開発会社「コスモ・エイティ」を設立。釣り具販売の「
オリムピック」や光学機器メーカー「マミヤ光機」を買収し、話題をさらった。第一次ベンチャーブームの主役である。
……
ゴルフ場の会員権販売を使って破竹の勢いだった
熊取谷は、米名門コース「ペブルビーチカントリークラブ」を買収し、クローズアップされた。住友グループに近い熊取谷は、戦後最大の経済事件と呼ばれたイトマン事件にも端役として登場する。またパチンコのプリペイドカード事業にも首を突っ込み、注目される。熊取谷グループの中核である「コスモ・イーシー」が、碓井のコスモ・エイティにならった社名なのは言うまでもない。

■関連記事
質問答弁:大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問
コスモ・エイティ-碓井優
日本エヌ・ピー・アイ

■つぶやき
この流れが、現在も連綿と続いてます。

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アール・エス・シー

(株)アール・エス・シー
※2005年10月1日-総合ビル管理(株)より商号変更

1971年9月10日-設立
2002年10月1日-豊島区東池袋3-1-1 サンシャイン60・6階に移転
2006年3月20日-豊島区東池袋3-1-3 サンシャインシティに移転

■メモ
(財)アジア刑政財団関連

■大株主に揃い踏み
・サンシャインシティ
・三菱地所
・テーオーシー→テーオーシー参照
・環境整備→松久と経済政策懇談会と喜世会と芝大門周辺〜その2参照

Rsc

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白山の謎〜ミドリ電化とアルティマ・コンサルティング

先ずは(株)ミドリ電化創業者・安保詮氏の大量保有報告書から--

大量保有報告書1
中川無線電機(株)→後のシグマ・ゲイン(株)の株式に関する保有報告書です。

次に、同じく安保詮氏とその親族が提出した大量保有報告書(エディオン)から--

大量保有報告書2
7ページ目の安保充氏の住所に注目→白山になっています。

この住所は、アルティマ人脈の法人で書いた(有)アルティマ・コンサルティングと同じなのですが、
それだけでは、そんな偶然もあるでしょう、としかいえません。

しかし、同じくアルティマ人脈の法人に登場する(株)アルティマ・ラボラトリー田中稔代表取締役は(株)レコルテの代表取締役でもあるのですが--

シグマ・ゲイン(株)の有報(2008年提出)にて--
IPO証券(株)をシグマ・ゲインが子会社化する際の株式評価で、そのレコルテが登場します。

 

Sigma1

ミドリ電化はその後、(株)エディオンの子会社となるのですが→エディオン(wiki)参照

2002年(平成14年)3月に、中国地方を基盤とする株式会社デオデオと、中部地方を基盤とする株式会社エイデンが共同で、エディオングループの持株会社として設立。2005年(平成17年)4月には、近畿地方を基盤とする株式会社ミドリ電化を子会社化。

そのエディオンの現在の所在地(大阪市北区堂島1-5-17)は--
旧第一勧銀系関連会社が集まる堂島グランドビルです。

Dojima

かつての登記本店住所(品川区西五反田8-9-5)は--
現在のフルキャストと同じTOCビルのすぐそばでした。

Wgotnd

■参考記事
白山とシグマ・ゲイン
ナカヌキヤ〜wiki拾い読み

■つぶやき
日本において、特別に興味深い企業スポットを挙げると--

1)サンシャイン60→巣鴨プリズン跡地
2)テーオーシー・ビル→星製薬跡地
3)世界貿易センタービル

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コンチェルト〜wiki拾い読み

コンチェルト

本社所在地:東京都豊島区東池袋三丁目1番1号 サンシャイン60・37F

株式会社コンチェルト(かぶしきがいしゃ-)は、東京都豊島区に本社を置き、パチンコチェーン「コンサートホール(CONCERT HALL)」や会員制クラブ「ウラク青山」を運営する企業。

パチンコホール事業

当チェーンはいわばセゾン系のパチンコ店である。1980年代以降、パチンコの大衆娯楽化および業界イメージアップに伴い、大手流通や電鉄の参入が続いた。コンサートホール第一号店は、緑屋跡地を転用した成増店(東京都板橋区)。緑屋とはかつて存在した月賦百貨店で、業績不振によりセゾングループが支援、再生後は西武クレジットを経て
クレディセゾンと改称した 。

関越地方、東北地方で30店舗以上を展開する。

■メモ
(株)コンチェルト
2008年3月1日-(株)ヴィーヴルより商号変更

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監査法人所在地研究 ver1.4

監査法人所在地と同所在地の法人
監査法人 所在地 同ビルが所在地の法人
センチュリー監査法人 中央区日本橋3-12-2
朝日ビルヂング
社会福祉法人・清水基金
峰岸不動産(株)
キャピタルパートナーズ証券(株)
キャピタルアセットマネジメント(株)
スミダコーポレーション(株)
(公財)日本共同証券財団
日本ビル・メンテナンス(株)
(株)ビルメン・サービス
港区芝大門1-1-3
赤十字社ビル
日本赤十字社本社
(株)日赤サービス
原燃輸送(株)
(財)
ゆうちょ財団
(財)郵便貯金振興会
(株)エヌテイーエス※Hotfrogより
太田昭和監査法人 千代田区内幸町2-2-3
日比谷国際ビル
JFEホールディングス(株)
JFEスチール(株)本社
(株)ビジネスブレイン太田昭和
三光汽船(株)
太陽石油(株)
太陽不動産(株)※太陽石油グループ
太陽石油化学(株)※太陽石油グループ
旭陽タンカー(株)※太陽石油グループ
民間航空機(株)※三菱重工グループ
■備考
ビルの運営管理は三菱地所ビルマネジメント(株)
新日本監査法人
新日本有限責任監査法人
港区芝大門1-1-3
赤十字社ビル
上記
千代田区内幸町2-2-3
日比谷国際ビル
上記
東陽監査法人 中央区銀座6-13-16 東京温泉(株)
ピーアークホールディングス(株)
千代田区神田美土代町7
住友不動産神田ビル
朝日火災海上保険(株)
(株)日立ビルシステム
アルフレッサ(株)
仰星監査法人 千代田区麹町6-1-25
上智麹町ビル
(独)自動車事故対策機構本部
(株)
CSSホールディングス
(株)セントラルサービスシステム ※CSSグループ
(株)センダン ※CSSグループ
千代田区九段南3-3-6
麹町ビル
七福商事(株)支店
(株)
宝くじネット
はる総合法律事務所
(有)パテントブラック
仰星税理士法人
仰星マネジメントコンサルティング(株)

芹澤英之介税理士事務所
芹沢法律事務所稲田早苗弁護士
恒翔有限責任監査法人 大阪市中央区北浜1-1-30
リバービュー北浜
都市綜研インベストバンク(株)大阪支店
アーク監査法人 新宿区西新宿3-2-7
KDX新宿ビル10階
コスモ・イーシー(株)
(株)
悠煇 ※オータグループ
(株)
フルキャスト東京支社
九段監査法人 千代田区九段南4-8-13
自動車会館ビル1階
(財)全国福祉輸送サービス協会(4階)
(財)全日本交通安全協会(7階)
奥村萬壽雄理事長→シャープ(株)監査役
應和監査法人
監査法人アリア 港区浜松町1-30-5
浜松町スクエア
(公財)洲崎福祉財団
西本貿易(株) ※西本グループ
(株)グランツインベストメントジャパン
日本ATM(株)
清和監査法人
2004年3月30日設立

旧称:東京国際監査法人
千代田区神田錦町3-23
錦町MKビル4階
千代田区大手町1-2-3
三井生命大手町ビル2階
東京都港区赤坂2-17-22
千代田区霞が関3-2-1
京橋監査法人 中央区京橋2-11-6
京橋弥生ビル9階
(NPO)日本企業再生支援機構
ベンチャー・テクノ・キャピタル(株)
VTCコンサルティング(株)

■考察
監査法人は随時追加いたします。
この一覧に出ている法人と白山と監査法人とを併せて分析すると、共通する会社が複数あります。

清水基金理事長→近藤克彦・元第一勧業銀行頭取

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2011年11月13日

インディペンデンス ver1.3

商号 (株)インディペンデンス
会社法人等番号 065396
本店 東京都中央区八重洲1-4-22 モリタニビル83 2F
会社成立の年月日 1999年7月29日
移転履歴 設立-中央区日本橋蛎殻町2-11-3 東信水天宮ビル 3F
2001年7月7日-中央区八重洲1-4-22 モリタニビル83 2Fに本店移転
登記記録 2001年12月3日-文京区千駄木1-15-15、(株)ケン・エンタープライズに合併解散

凋落 木村剛と大島健伸高橋篤史著より
P92--大島の長女・由貴(ウィルポン由貴)の披露宴の場面

日本からはスパークス・アセット・マネジメント投信(現スパークス・グループ)社長の阿部修平の夫妻が招かれていた。ヘッジファンド業界の大御所であるジョージ・ソロスの下にいたこともある阿部はその頃、西友や兼松の第三者割当増資を引き受けて注目を集めていた新進気鋭の投資家だった。

大島の個人会社であるケン・エンタープライズは「インディペンデンス」というダミー会社を通じてスパークスに出資していた。ダミー会社は商工ファンド色が出るのを避けたい阿部の要請に基づいて設立されたものだった。結婚披露宴から四カ月後にスパークスが株式公開した際、インディペンダンスは保有株を売り出し、約六億円を手にしている。

■役員

代表取締役 田中稔 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照
取締役 森拓也
取締役 山田誠
取締役 大島嘉仁 国土育英会参照
取締役 大島由貴
ウィルポン由貴
国土育英会参照
監査役 櫻井和儀 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照

■(株)ケン・エンタープライズ役員
大島由里子代表取締役
大島健伸取締役
大島嘉仁取締役
大島淑子取締役
大島由貴取締役
田中稔取締役
大島正義監査役

■IR
主要株主の異動について(スパークス・アセット・マネジメント投信)

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レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸 ver2.9

(株)レコルテ
東京都中央区日本橋2-1-14 加藤ビルディング

1994年12月2日-設立
2000年10月10日-東京都中央区八重洲1-4-22 モリタニビル83に移転
2009年12月2日-東京都中央区日本橋2-1-14 加藤ビルディングに移転

●「凋落 木村剛と大島健伸高橋篤史著より

73P
フラナ・インベストメント・ジャパンの設立時に代表取締役と監査役を務めていたのは、東京駅の八重洲口近くで税務会計事務所を開業していた「レコルテ」というグループのメンバーだった。高田が大島商事で見た公認会計士はおそらくこのスタッフだったと思われる。この頃から大島は彼らの手を借りながら関連会社間の組織再編や資本工作を繰り返すようになる。大島はさらに複雑なペーパーカンパニーのネットワークを構築しようとしていた。それは大島が松濤で新たに建設したまるで要塞のような自宅を舞台とする極秘の策謀だった。
 狙いは課税回避である。

■役員

代表取締役 田中稔 1982年9月-新光監査法人(-1988.3)
1986年3月-公認会計士登録
1988年4月-会計情報センター(株)(-1994.12)
1988年4月-田中共同事務所(-2003.6)
1990年7月-監査法人エー・アイ・シー 代表社員(-2000.11)
1994年12月-(株)レコルテ 代表取締役
1998年6月-(株)グローバル・カンパニー 監査役
1999年1月-(株)オーエス・インターナショナル 監査役
1999年7月-(株)インディペンデンス 代表取締役
1999年8月-エイエムリサーチアンドリポー卜(株)取締役(-2001.9)
1999年8月-同社 代表取締役(-2000.5)
2001年9月-(株)アルティマ・ラボラトリー 代表取締役
2001年10月-テクノマイニング(株)監査役
2001年12月-(株)ケン・エンタープライズ 取締役
2002年4月-(株)セントラル・ビジネス・オーディット 代表取締役
2002年6月-(株)光通信 監査役
2002年7月-阿河キャピタルプランニング(株)監査役
2002年8月-Q and Company(株)取締役
2003年6月-(株)アセット・オールマイティー 監査役
2003年7月-税理士法人レコルテ 代表社員
2004年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 監査役
2004年4月-(株)オズプロジェクト 監査役
2004年8月-(株)アブルボア 代表取締役
2005年1月-NEWS CHEF(株)監査役
2005年2月-(株)アイパワースポーツ 監査役
2006年6月-(財)国土育英会 評議員
2006年10月-(株)アルテミス 代表取締役
2007年3月-(有)ロータス・インベストメント 取締役
2009年6月-プライベートローブ(株)取締役
■ほか
(株)アルティス 監査役
(株)ヒューマラボ 監査役
(株)ICMG 監査役
(株)キャピタルデザイン 取締役
一般社団法人原宿ビル 代表理事
フコク生命基金流動化特定目的会社 取締役
住友生命第2回基金流動化特定目的会社 取締役
住友生命第3回基金流動化特定目的会社 取締役
住友生命第4回基金流動化特定目的会社 取締役
第一生命劣後債権流動化特定目的会社 取締役
取締役 櫻井和儀 1989年9月-会計情報センター(株)(-1994.12)
1991年11月-税理士登録
1994年12月-(株)レコルテ 取締役
1999年7月-(株)インディペンデンス 監査役
1999年8月-(株)アルティマ・ラボラトリー 監査役
1999年12月-(株)アルティマ・キャピタルマネージメント 監査役
2002年2月-(有)アルティマ・コンサルティング 取締役
2003年7月-税理士法人レコルテ 社員
2005年1月-東京フィナンシャル・リサーチ(株)監査役
2005年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 監査役
2007年9月-税理士法人レコルテ 代表社員
■ほか
フコク生命基金流動化特定目的会社 監査役
住友生命第2回基金流動化特定目的会社 監査役
住友生命第3回基金流動化特定目的会社 監査役
住友生命第4回基金流動化特定目的会社 監査役
取締役 田中延道
取締役 上田正宜 1989年4月-英和監査法人
1992年2月-公認会計士登録
1994年6月-(株)ジャフコ
1998年1月-上田公認会計士事務所開設
1999年8月-エイエムリサーチアンドリポー卜(株)取締役(-2001.9)
2001年10月-(株)レコルテ
2003年2月-同社 取締役
2003年3月-税理士登録
2003年7月-税理士法人レコルテ 社員
2005年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 取締役
2007年10月-(株)アルテミス 代表取締役
2010年6月-e−まちタウン(株)監査役
■ほか
一般社団法人原宿ビル 監事
第一生命劣後債権流動化特定目的会社 監査役
品川シーサイド・アインス特定目的会社 取締役
グランタワー特定目的会社 取締役
監査役 田中真智子

■おまけ
凋落 木村剛と大島健伸高橋篤史著より

124p
大島は個人会社を通じて探偵会社大手の「ガルエージェンシー」に出資していたが、これも回収効率を上げるためだった。

たしかに、自分も探偵ファイルで出資に関する記事を読んだ憶えがあります。
これだったか?→探偵ファイル大島氏逮捕につき、関わった者としてモノ申す)

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最年少は仕掛け人 ver1.1

■重田康光
重田 康光(しげた やすみつ、1965年2月25日 - )は、日本の実業家。
株式会社光通信を創業し、1999年、東京証券取引所第一部に当時、最年少で上場をした。

■松島庸
元クレイフィッシュ社長の松島庸氏が,自ら創業したベンチャー企業を史上最年少で上場させた末,「社内クーデターによって」社長の座を追われた。

■神谷一雄
1953年松久設立。61年以降、電子機器製造や流通関連の企業を複数設立。
松久グループ代表。
67年東京商工会議所議員に史上最年少で初当選。東京商工連盟会長も務める。

■つぶやき
つまり、財界や政界に担ぎ上げられたんだよね。
その後は、仕掛け人として活躍?
3人とも会社が危なくなったところが共通点。
破綻しかけたとか、破綻したとか。

★追加
■藤田晋
史上最年少26歳(松島庸〈クレイフィッシュ〉と並ぶタイ記録)で東証マザーズ上場を果たす。

■衛藤征士郎
大分県玖珠郡玖珠町出身。29歳で大分県玖珠町長に当時史上最年少で当選を果たし注目を集める。

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SHOP99〜wiki拾い読みプラス ver1.1

SHOP99
SHOP99(ショップきゅうきゅう)は、日本にかつて存在したコンビニエンスストアである。株式会社九九プラス(きゅうじゅうきゅうプラス、英: Ninety-nine Plus Inc.)が運営。本社は東京都新宿区。

SHOP99の運営会社であった株式会社九九プラスについては「ローソンストア100」を参照

ローソングループの一員。かつては
キョウデングループで、徐々に株式会社ローソンが出資比率を高め、2008年夏のTOBと2010年7月の株式交換により、株式会社ローソンの完全子会社となった。

テーマソング
常に店内に流れるオリジナルテーマソングがある。作詞・作曲は元親会社のキョウデングループ会長の
はしもとひろし、アレンジは平家徹也、歌は高橋ひろこ。2004年に99円で店頭にて発売された。現在は同社サイトでダウンロード可能。ちなみに、お笑い芸人の増谷キートンがテーマソングとして使用している。

沿革
    1996年4月 - スーパーマーケットを運営していた株式会社ベスト(家電量販店のベスト電器とは無関係)内に事業部を発足。立川市若葉町に「99エンオンリーストア」の店名で1号店を開店。
    2000年10月 - 株式会社九九プラスを設立。株式会社ベストから独立。
    2000年10月 - フランチャイズ展開開始。
   
2001年7月 - 株式会社キョウデンの出資を受け、傘下に入る。
    2002年6月 - 当時、同じキョウデングループの関西チコマート株式会社を、株式会社チコマートから買収
    2003年4月1日 - 子会社の関西チコマート株式会社を株式会社九九プラス関西に社名変更。
   
2004年9月9日 - ジャスダックに上場。
    2007年2月28日- 株式会社ローソンと業務資本提携を発表。
   
2007年3月16日 - ローソンが第三者割当増資を引き受け、第2位の大株主(20%)となる。
    2007年12月28日 - ローソンがキョウデンから株式の4.8%を買取り、所有割合25.6%となる。
    2008年1月10日 - ローソンが第三者割当増資を引き受け、筆頭株主(34.2%)となる。
    2008年7月15日 - ローソンが、連結子会社化を目指してTOBを発表。
    2008年9月5日 - TOB成立により、ローソンは株式77.67%(これまでの保有分を含む)を取得し、連結子会社化。
    2009年5月1日 - 株式会社バリューローソンを簡易吸収合併。
    2009年6月25日 - 株主総会において、登記簿上の本店所在地が東京都小平市学園東町一丁目4番39号から本社所在地(西新宿)に移転。
    2009年11月19日 - ローソンとの間で株式交換契約を締結。
    2009年12月1日 - 株式会社九九プラス関西を簡易吸収合併。
    2010年1月21日 - 臨時株主総会で、ローソンとの株式交換契約を承認。
    2010年2月9日 - 株式交換契約を合意解除し、親会社のローソンによる完全子会社化が一時中止。
    2010年4月14日 - ローソンとの間で二度目の株式交換契約を締結。
    2010年5月21日 - 定時株主総会で、ローソンとの株式交換契約を再承認。
    2010年6月25日 - JASDAQ取引終了。
   
2010年6月28日 - JASDAQ上場廃止。
    2010年7月1日 - 株式交換によりローソンの完全子会社となる。
    2011年7月20日 - SHOP99が、全店ローソンストア100となる。

■考察
(株)九九プラス
有報を見ればわかりますが、役員はキョウデンのお馴染み中核メンバーからローソン系へと替わっています。
その中でも注目すべき役員は--2010年提出有報より

北沢義博監査役 1981年4月-弁護士登録第二東京弁護士会所属
1986年5月-ニューヨーク大学ロースクール比較法学修士課程修了
1989年4月-新東京総合法律事務所(現新東京法律事務所)にパートナー参加
2003年6月-(株)九九プラス監査役(現任)
2004年10月-大宮法科大学院教授(現任)
2004年12月-霞が関法律会計事務所を設立(現任)

霞が関法律会計事務所
東京都千代田区霞が関1丁目4番1号 日土地ビル4階
日本土地建物(株)本社ビル内

日本ハーデスの株主の日本土地建物本社ビルにあります。

そして--

パートナー弁護士
降籏俊秀弁護士
→長野県松本市生。県立松本深志高校、東京大学法学部卒業
→オータグループ、(有)ファコー元監査役

朝日純一弁護士
→福井県福井市出身。県立藤島高校卒業
→エイチ・エス証券(株)元監査役

上杉昌隆弁護士
→デジタルアーツ株式会社監査役

石川剛弁護士
→株式会社アイ・ビー・イーホールディングス外部調査委員(2009年)
※現(株)シブヤテレビジョングループ

県立藤島高校といえば
ハサミ男

松本深志高校といえば
出身者
藤森昭一 - 官僚、元宮内庁長官、日本赤十字社第13代社長
田中康夫 - 長野県知事(2000年 - 2006年)
降旗康男 - 映画監督→降旗徳弥の三男

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2011年11月12日

ナカヌキヤ〜wiki拾い読み

ナカヌキヤ--wikiより

ナカヌキヤは、化粧品や生活雑貨等も扱うディスカウントストアである。かつては家電量販店でもあった。経営は株式会社ナカヌキヤ。代表者は久保敏志(親会社であるエスケイジャパン社長を兼任)。営業店舗は3店舗。(2011年8月現在)

概要
大阪・日本橋にあるでんでんタウンの老舗電気店「
中川無線電機」(通称:中川ムセン、現在はでんでんタウンから撤退、三重県にある有限会社中川無線とは無関係)が、経営悪化からキョウデン傘下となったことを受け、2001年11月に中川ムセン日本橋本店を新たな店舗ブランド「ナカヌキヤ」に変更。従来の家電量販店の枠を超え、粗利の低い家電製品からより粗利率の高い化粧品や雑貨・衣料品などに主軸を置いた店舗としてリニューアルした。同店の一階には中川ムセン時代の末期より同じくSHOP99当時はキョウデン傘下、現ローソングループ)が入居し、家電を買ったポイントで食品が買える店ということで一部マスコミにも取り上げられた。名前は中(中間マージン)を抜いて安く商品を販売することに由来している。以降順次、他店舗の中川ムセンもナカヌキヤに変更していった。

2002年には同じくキョウデン傘下(当時)の
長崎屋とFC契約を結び、渋谷店と平塚店を出店し関東に進出(現在は撤退)。また中国・四国地方にも出店。

しかし経営状態は好転せず創業地のでんでんタウンから撤退、最盛期に30店舗以上合った店舗を9店舗にまで削減など大規模な事業縮小を行うがそれでも改善が見られぬ為、2005年7月に中川無線電機株式会社はキャラクター商品の企画・製造・販売を行うエスケイジャパンにナカヌキヤ8店舗を売却し、新会社(株)ナカヌキヤ設立。2005年8月に中川無線電機株式会社は社名を
シグマ・ゲイン株式会社に改称(その後2010年9月にユートピアキャピタルに商号変更)。東北の地方スーパーサンマリを買収する(後に売却)など家電販売からは撤退し、投資・不動産会社に生まれ変わった。

業績の悪化に伴い2008年2月末をもって家電販売から撤退。家電製品を扱っていた店舗のほとんどを同年2月中に閉鎖している。

■つぶやき
長崎屋に関わると白山人脈になる?

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第一生命劣後債権流動化特定目的会社

■住所
東京都中央区日本橋2-1-14

■親会社
The Dai-ichi Life Funding SPV Holdings II

■親会社の住所
Maples Finance Limited,
P.O. Box 1093GT, Queensgate House, South Church Street,
George Town, Grand Cayman, Cayman Islands

■役員
取締役:田中 稔
監査役:上田正宜

D1

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住友生命第2回基金流動化特定目的会社

■住所
東京都中央区八重洲1-4-22

■親会社
Sumitomo Life Fundings Cayman Limited III

■親会社の住所
Walkers SPV Limited,
Walker House, 87 Mary Street,
George Town, Grand Cayman, KYI1-9002, Cayman Islands

■役員
取締役:田中稔
監査役:櫻井和儀


 

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フコク生命基金流動化特定目的会社

■住所
東京都中央区日本橋2-1-14

■親会社
Fukoku Life Funding Cayman Limited

■親会社の住所
Maples Finance Limited,
P.O. Box 1093GT, Queensgate House, South Church Street,
George Town, Grand Cayman, Cayman Islands

■役員
取締役:田中稔
監査役:櫻井和儀

Cayman_fukoku

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アルティマ人脈の法人 ver1.9

■オリンパス
林純一社外取締役の経歴より
・2004年3月:(株)アルティマ・パートナーズ(現(株)アングラム)代表取締役

■アルティマ人脈の法人

エイエムリサーチアンドリポー卜(株)

1999年8月2日-設立(大阪府大阪市中央区北浜3-2-12)
2001年9月3日-東京都中央区日本橋2-10-5に移転
2002年9月24日-港区虎ノ門2-6-10に移転
2006年6月9日-港区虎ノ門2-3-17 虎ノ門2丁目タワーに移転
2007年12月6日-港区赤坂2-17-7 赤坂溜池タワー 9Fに移転
2010年12月31日-株主総会の決議により解散
AMRAR不動産(株) 2007年12月18日-設立(新宿区新宿6-7-22)
2008年2月20日-株主総会の決議により解散
代表取締役:相庭泰男
(株)アルティマ 港区虎ノ門2-3-17
2010年8月9日-(株)アルティマ・ホールディングスより商号変更
2010年8月9日-中央区日本橋室町1-9-1に移転
2011年9月1日-(株)アルティマ・インベストメントを合併
・代表取締役:出口俊司
・取締役:奥山秀朗:(株)サステイナブル・インベスター代表取締役
(株)アルティマ・アドバイザーズ 港区虎ノ門2-3-17
2002年12月16日-(株)メディ・コア設立
2004年6月3日-(株)アルティマ・アドバイザーズに商号変更
2006年9月1日-(株)アルティマ・コンサルティングに合併解散
・代表取締役:古川尚史
・代表取締役:出口俊司
(有)アルティマ・インベストメント 中央区京橋2-11-6
2000年9月19日-設立
2002年9月30日-港区虎ノ門2-3-17に移転
・取締役:出口俊司
(株)アルティマ・インベストメント 港区虎ノ門2-3-17
2010年8月9日-中央区日本橋室町1-9-1に移転
2011年9月1日-(株)アルティマに合併解散
代表取締役:出口かおり
・代表取締役:出口俊司
(株)アルティマ・キャピタル・マネージメント 中央区日本橋蛎殻町2-11-3
1999年12月24日-設立
2000年4月15日-中央区京橋2-11-6に移転
2002年9月30日-港区虎ノ門2-3-17に移転
2008年2月1日-(株)アルティマ・ホールディングスに合併解散
・代表取締役:出口俊司
(有)アルティマ・コンサルティング 文京区白山1-36-2
2001年10月9日-設立
2002年11月18日-港区虎ノ門2-3-17に移転
2003年4月14日-千代田区神田神保町1-103に移転
2005年2月10日-株式会社に組織変更し解散
・代表取締役:出口俊司
(株)アルティマ・コンサルティング 千代田区神田神保町1-103
2005年2月10日-(有)アルティマ・コンサルティングより設立
2006年9月1日-(株)アルティマ・アドバイザーズを合併
2006年9月1日-(株)アルティマ・ファイナンスを合併
2006年9月1日-(株)セントラル・ビジネス・オーディットを合併
2007年10月20日-(株)アルティマ・ホールディングスに商号変更
・代表取締役:出口俊司
(株)アルティマ・ホールディングス 千代田区神田神保町1-103
2008年2月1日-(株)アルティマ・キャピタル・マネージメントを合併
2008年2月1日-港区虎ノ門2-3-17に移転
・代表取締役:出口俊司
(有)アルティマ・ファイナンス 港区虎ノ門2-3-17
2003年4月14日-千代田区神田神保町1-103に移転
2005年2月10日-株式会社に組織変更し解散
・代表取締役:相澤博:(株)アベイル・ブレイン代表取締役
(株)アルティマ・ファイナンス 千代田区神田神保町1-103
2006年9月1日-(株)アルティマ・コンサルティングに合併解散
・代表取締役:相澤博
(有)アルティマ・パートナーズ 中央区京橋2-11-6
2002年9月26日-港区虎ノ門2-3-17に移転
2003年6月24日-株式会社に組織変更し解散
・取締役:浅井俊彦
・取締役:古川尚史
(株)アルティマ・パートナーズ 港区虎ノ門2-3-17
2007年7月20日-(株)アングラムに商号変更
・代表取締役:古川尚史
・代表取締役:黒瀬憲昭
・代表取締役:斎藤敦
・代表取締役:林純一
(株)アルティマ・ラボラトリー 中央区日本橋蛎殻町2-11-3
2000年2月25日-中央区京橋2-11-6に移転
2001年10月1日-中央区八重洲1-4-22に移転
2002年1月22日-有限会社に組織変更し解散
・代表取締役:髙田裕之
代表取締役:出口俊司
・代表取締役:田中稔
(有)アルティマ・ラボラトリー 中央区八重洲1-4-22
2005年3月31日-社員総会の決議により解散
・代表取締役:田中稔
有限責任中間法人アルティマ板橋会 港区虎ノ門2-3-17
2005年4月15日-設立
2009年1月6日-清算結了
・理事:菱田哲也
→ジェムアソシエイツ(株)代表取締役
→ジャパンアセットトラスト(株)取締役
→元 エムズフォート(株)取締役
・理事:出口俊司
・監事:矢野亮
→ジェムアソシエイツ(株)取締役
→元 エムズフォート(株)代表取締役
・監事:渡辺香織
■参考記事
過去の出来事保管:みずほ銀行本店等の売却
過去の出来事保管:三井住友〜大手町本部ビルの取得
アルティマ投資事業
有限責任組合仙台DEPT
港区虎ノ門2-3-17(株)アルティマ・ファイナンス事業所内
2006年6月23日-組合契約効力発生
2006年9月1日-港区虎ノ門2-3-17(有)M2ファイナンス事業所内に移転
2007年11月13日-清算結了
(株)アングラム 港区虎ノ門2-3-17
2007年8月16日-中央区日本橋本町4-8-17に移転
・代表取締役:林純一オリンパス(株)取締役
(有)M2ファイナンス 中央区日本橋室町1-9-1
2005年5月27日-設立
2006年9月1日-港区虎ノ門2-3-17に移転
2009年8月25日-(株)グラン・ブルーに商号変更、解散
・取締役:薮野直喜:(株)アベイル・ブレイン取締役
・取締役:野口省吾
(株)グラン・ブルー 港区虎ノ門2-3-17
2005年5月27日-設立
2009年8月25日-(有)M2ファイナンスを商号変更、移行したことにより設立
・代表取締役:出口俊司
有限責任中間法人M2 中央区日本橋室町1-9-1
2005年5月27日-設立
2006年9月1日-港区虎ノ門2-3-17に移転
2009年3月23日-一般社団法人M2に名称変更
・代表理事:出口俊司
一般社団法人M2 港区虎ノ門2-3-17
2009年9月30日-社員総会の決議により解散
・代表理事:出口俊司
(株)セントラル・ビジネス・オーディット 中央区日本橋2-10-5
2002年4月30日-設立
2002年9月19日-港区虎ノ門2-3-17に移転
・代表取締役:田中稔
(有)アルティマ・リサーチ 港区虎ノ門2-3-17
2005年4月21日-設立
2007年3月26日-(有)ロータス・インベストメントに商号変更
2007年3月26日-中央区八重洲1-4-22に移転
・取締役:矢野亮(-2007.3)
・取締役:田中稔(2007.3-)

■考察
(有)アルティマ・コンサルティングが白山所在地です。
この住所は(株)エディオンに投資している大株主(旧・ミドリ電化の経営者親族)と同じビルです。

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テクノマイニング ver1.3

テクノマイニング(株)
東京都渋谷区広尾5-19-17 広尾GTビル 4F ←ホームページ上での住所

会社法人等番号 045811-港区虎ノ門
113818-中央区八重洲
078819-港区西新橋
126377-中央区日本橋
本店 東京都中央区日本橋2-3-21
法人成立の年月日 2001年10月19日
移転履歴 設立-港区虎ノ門3-11-15 SVAXTT
2007年10月31日-中央区八重洲1-4-22 モリタニビル83に移転
2008年7月1日-港区西新橋3-15-3に移転
2009年5月11日-中央区日本橋2-3-21 八重洲セントラルビルに移転

■役員抜粋

代表取締役
設立-2010.4
取締役
設立-
横尾宣政 野村證券高崎支店長、新宿ビル支店長
1998年6月-(株)グローバル・カンパニー 代表取締役
2001年10月-テクノマイニング(株)代表取締役
2002年7月-阿河キャピタルプランニング(株)取締役
2004年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 代表取締役
2004年8月-NEWS(株)取締役
2009年1月-ヴィンテージ(株)代表取締役
2009年4月-GLOBAL CHEF(株)代表取締役

ご近所シリーズ02参照
代表取締役
2010.4-
取締役
設立-
羽田拓 1999年5月-(株)グローバル・カンパニー 取締役
2001年10月-テクノマイニング(株)取締役
2004年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 取締役
2004年8月-(有)ウィングフィールド 代表取締役
2007年5月-(株)ヒューマラボ 取締役
2007年6月-(株)ヒューマラボ 代表取締役
2009年1月-ヴィンテージ(株)代表取締役
2009年4月-GLOBAL CHEF(株)取締役
2001年10月-テクノマイニング(株)代表取締役
2010年5月-(株)プロパティ 取締役
■ほか
(株)アルティス 取締役
(株)インフォブリッジ 取締役
取締役
設立-2010.12
小野裕史 2000年1月-(株)グローバル・カンパニー 取締役
2001年10月-テクノマイニング(株)取締役
2004年3月-(株)グローバル・カンパニー・インベストメント 取締役
取締役
2008.6-
鈴木文芳 2009年1月-ヴィンテージ(株)取締役
(株)インフォブリッジ 代表取締役社長
(株)ミームズ・ブリッジ 代表取締役
監査役
設立-
田中稔 レコルテ〜凋落・木村剛と大島健伸参照

■考察
羽田拓氏の(株)プロパティ人脈→白川アソシエイツ→子どもの発達科学研究所→岩谷産業
また
白川アソシエイツ→アールエフ・レボリューション人脈→岩谷産業

■参考記事
岩谷産業からのコネクション

■つぶやき
ウィング(羽)、フィールド(田)
ウィングフィールド旧所在地=横尾宣政氏の登記簿住所

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2011年11月11日

国連NGOと協議資格ランク

国連NGO ※NGO=非政府機関→NGOとは何ですか(国際連合広報センターQ&A)

協議資格の種類は3つあり、「総合協議資格」の他、補助的な「特別協議資格」、より補助的な「ロスター」がある。

ランク順位
1)総合協議資格 (General Consultative Status)
2)特別協議資格(Special Consultative Status)
3)ロスター(Roster Consultative Status)

トップカテゴリーの「総合協議資格」は、経済・社会のほとんんどの分野で総合的な貢献が期待できる組織である。

■総合協議資格を保有する組織抜粋

海外が本拠地の組織
・ロータリー(Rotary International)
・ライオンズ・クラブ(International Association of Lions Clubs)
・世界自然保護基金(WWF=World Wide Fund for Nature International)
・セーブ・ザ・チルドレン(International Save the Children Alliance)
・国境なき医師団(Medecins sans frontierer)

日本が本拠地の組織
オイスカ(OISCA=Organization for Industrial, Spiritual and Cultural Advancement-International)
アジア刑政財団

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同台経済懇話会〜wiki連鎖 ver1.3

先ずは、
オリンパス下山・元社長〜wiki拾い読みより

下山 敏郎(しもやま としろう、1924年5月4日 - )は、日本の実業家。オリンパス光学工業で社長・会長を歴任した。2011年現在は同台経済懇話会副代表幹事などを務める。

同台経済懇話会〜wiki

同台経済懇話会(どうだいけいざいこんわかい)は、陸軍士官学校・陸軍経理学校・陸軍幼年学校(各在学生を含む)・防衛大学校出身者の経済人で構成されるクラブ。上場企業の経営者が主である。政治的には保守系で、現在の会員数は約650名。

概要
1975年(昭和50年)創立。初代の代表幹事は
瀬島龍三で、日本を代表する有名企業の財界人が中心になって創立された。月1回、月例会員会と月例研究会を開催。会報「同台誌」を発行し、海外視察ツアーやシンポジウムを主催している。1997年(平成9年)11月20日にはインド独立50周年を記念して、京都霊山護国神社に「パール博士顕彰碑」を建立した。

会名の由来
旧日本軍の正規将校養成の学校は市ヶ谷台(後に大本営が入る)をはじめ、士官学校本科が相武台、航空が修武台、予科が振武台、陸軍経理学校が若松台にあり、幼年学校も東京(建武台)、仙台(三神峯台)、名古屋(観武台)、大阪(千代田台)、広島(鯉城台)、熊本(清水台)と下賜された台名を有していた。戦後の防衛大学校も小原台にある。この台という名のついた武窓に相学んだ者の集まりという意味で、名称を同台経済懇話会と称している。

役員
2010年(平成22年)時点
代表幹事 -
山本卓眞(富士通名誉会長) 58期
副代表幹事
       
山口信夫(旭化成会長・日本商工会議所名誉会頭) 58期
       
下山敏郎(元オリンパス光学工業(現 オリンパス)最高顧問) 58期
        神田延祐(元第二電電(DDI)社長・三和銀行副会長) 59期
        石野清治(元資生堂会長・厚生次官) 59期
        澁井英夫(元中外製薬副社長) 60期
       
中條高徳(元アサヒビール副社長) 60期
        中村文俊(極東産業代表取締役会長) 61期
        白川浩司(設計事務所代表) 61期
       
福田一彌日宝販相談役・元第一勧銀常務) 幼47
        小長啓一(元アラビア石油会長) 幼48
        辻川健二(軍事史学会副会長) 防5
        岩崎俊雄(クレスコ会長) 防9
常任幹事 野地二見(元DDI常任顧問・産経新聞社取締役) 59期

京都霊山護国神社〜wiki

京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)は、京都府京都市東山区にある神社である。

沿革
1862年(文久2年)、時衆霊山派の正法寺の朱印地のなかの神道葬祭場霊明社において有志者による神葬祭が行われた。祭神は
菊理媛神・速玉男命・事解男命の3神(他に相殿3神)。

1868年6月29日(慶応4年5月10日)、明治天皇から維新を目前にして倒れた志士たち(天誅組など)の御霊を奉祀するために、京都・東山の霊山の佳域社を創建せよとの詔・御沙汰が発せられた。それに感激した京都の公家や山口・高知・福井・鳥取・熊本などの諸藩が相計らい京都の霊山の山頂にそれぞれの祠宇を建立したのが神社創建のはじまりであり、招魂社である。
靖国神社より古い歴史を持つ

当初の社号を霊山官祭招魂社と称し、社格にはとくに「官祭社」に列し国費で営繕されてきた。1936年(昭和11年)、支那事変(日中戦争)をきっかけとして国難に殉じた京都府出身者の英霊を手厚く祀ろうという運動がおき、霊山官祭招魂社造営委員会が組織され、境内を拡大して新たに社殿を造営した。

1939年(昭和14年)4月1日、内務大臣布告によって現在の社号である京都霊山護国神社と改称された。戦後は宗教法人・神社本庁の包括下におかれ、国家の手を離れた。GHQ占領下においては京都神社に改称していたが、独立後は元の社名に復した。1970年(昭和45年)、境内に明治維新関係の資料を展示する「霊山歴史館」が開館した。2002年(平成14年)、神社本庁との包括関係を解消

祭神の中には京都で暗殺された坂本龍馬も含まれており、境内に銅像が作られているほか、誕生日であり命日でもある11月15日には、龍馬の遺徳を偲び霊を慰める龍馬祭が行われる(誕生日・命日は本来は旧暦11月15日だが、祭は新暦11月15日に行われる)。

菊理媛神〜wiki

菊理媛神(くくりひめのかみ)は、日本の神。加賀の白山や全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神とされる。

■参考記事
理想科学工業 ※創業者と陸軍士官学校58期卒の関係

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2011年11月10日

オリンパス下山・元社長〜wiki拾い読み ver1.1

下山敏郎

下山敏郎(しもやま としろう、1924年5月4日 - )は、日本の実業家。オリンパス光学工業で社長・会長を歴任した。2011年現在は同台経済懇話会副代表幹事などを務める。

地元の歩兵第30連隊を見ていた影響などから軍人を志し、2年生で受験した陸軍幼年学校には合格できなかったものの、4年修了時に
陸軍士官学校に合格。1942年に58期生として入学し、予科の2年間は仮想敵国のロシア語と中国語を学んでいる。2年生になると指導生徒に選ばれ、航空機操縦への憧れから陸軍航空士官学校に進んだ。1945年3月の卒業時の兵科決定では司令部偵察機を志望したが、近距離戦闘機の乗員として明野陸軍飛行学校に少尉として任官した。

まもなく明野で空襲が激化したため、
満州のジャムスに移って空中戦の実戦訓練を積んでいる。8月9日にはソ連が対日参戦したため奉天北飛行場に移動し、同期の操縦士全員によって編成された特別攻撃隊に組み込まれて戦車への特攻が命じられた。しかし実行の前に8月15日の終戦を迎えたため、部隊長の独断による帰還命令に従って同期生とともに釜山まで列車、さらに博多まで船に乗って帰国した。この部隊長を偲び、山本卓眞らとともに後年まで同期会を開いていたという。

陸軍士官学校58期卒参照

■外部資料
【図解・経済産業】オリンパスの歴代社長と主な出来事(2011年11月)

■関連記事
日宝販と自衛隊〜その1
FACOM開発

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熊谷組:法遵守監査委員会設置:2002年

平成14年6月20日

株式会社熊谷組(社長:
鳥飼一俊)は、これまでも「服務事故防止」の社内教育や社内監査などにより不法・不正行為の根絶を図ってまいりました。しかし、法令違反などの不祥事は企業の存続にかかわる問題でもあることから第三者等による監査機能を強化するため、今般、社外委員等で構成する「法遵守監査委員会」を設置することと致しました。

本委員会は、社内の業務執行に対して、極めて客観的かつ専門的な見地からの監視・指導ならびに必要に応じて経営会議等に対して是正勧告を行います。

さらに、全社員と協力会社から同委員へ情報・相談受付けを行います。これは、当事者またはその周囲の関係者が委員会に相談することで、事前に不正・不法行為を防ぐことを目的とするものです。

あらためて、全役員・全社員が法の遵守、企業倫理の厳守徹底を再確認してまいります。

1.設置日

平成14年6月10日

2.委員

委員長 :
   
敷田 稔
     弁護士
     アジア刑政財団理事長
     元名古屋高等検察庁 検事長
委員 :
   
伊藤 卓蔵
     弁護士  
     元東京地方検察庁 総務部長
委員 :
   
垣見 隆  
     弁護士
     日本道路公団コンプライアンス本部本部委員
     元警察庁 刑事局長
委員 :
    (株)熊谷組
     常勤監査役 根橋 史郎
     常勤監査役 滝沢 和夫
委員 :
    (株)熊谷組
     綱紀担当役員 新井 克人(常務取締役兼常務執行役員)
委員 :
    (株)熊谷組 
     監査室長 森井 佑一
事務局 :
    綱紀担当事務局長 森井 佑一

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吉川工業

吉川工業--wikiより
福岡県北九州市八幡東区尾倉2-1-2

吉川工業株式会社(よしかわこうぎょう)は、福岡県北九州市八幡東区に本社を置く鉄鋼、エレクトロニクス・精密機器、エンジニアリング機器関連メーカーである。

新日本製鐵の協力会社。創業時は官営八幡製鐵所(現・新日本製鐵八幡製鐵所)で製鋼くずパイレン破砕作業を行なう鉄鋼事業関連の会社であったが、1970年代から他の事業にも参入。エレクトロニクス事業や精密機器事業などを行なう複合経営企業として発展した。近年では
RFID事業にも参入している(これはかつて新日鐵が行なっていた事業を引き継いだものである)。

吉川アールエフシステム--wikiより
東京都新宿区西新宿7-2-4 新宿喜楓ビル8階

吉川アールエフシステム株式会社(よしかわあーるえふしすてむ)は、東京都新宿区に本社を置く、RFIDのチップの開発・販売を行なうRFID専門メーカーである。
吉川工業の子会社

新日本製鐵のLSI事業部が元々行なっていたRFID事業を吉川工業が引き継ぎ、RFIDチップおよび関連製品の設計・製造・販売を目的として
1999年に設立した。

1999年3月 : 会社設立
1999年4月 : 新日本製鐵よりRFID事業移管
2008年4月 : 本社を西新宿に移転

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2011年11月 9日

オリンパス〜会計士データ

オリンパス監査公認会計士データ ※監査報告書署名者のみ

■監査法人と公認会計士()

H12 朝日監査法人 宇野晄三 潮来克士 多和田英俊
H13 朝日監査法人 宇野晄三 潮来克士 沖 恒弘
H14 朝日監査法人 潮来克士 沖 恒弘
H15 朝日監査法人 潮来克士 沖 恒弘
H16 あずさ監査法人 山口直志 沖 恒弘
H17 あずさ監査法人 山口直志 沖 恒弘
H18 あずさ監査法人 山口直志 沖 恒弘
H19 あずさ監査法人 小宮山賢 山口直志 沖 恒弘
H20 あずさ監査法人 池田澄紀 山口直志 小宮山賢
H21 あずさ監査法人 池田澄紀 山口直志 佐々誠一
H22 新日本有限責任監査法人 中島康晴 宮沢 琢 吉田哲也
H23 新日本有限責任監査法人 中島康晴 宮沢 琢 吉田哲也

■会計士担当企業(当方の所有データ分(主にH19以降)内で検索)

潮来克士 CSSホールディングス-H19、H20、H21、H22
シーフォーテクノロジー-H18、H19
シー・ヴィ・エス・ベイエリア
ジェイ・エスコムホールディングス-H18
ニスコム-H18、H19
日清医療食品-H18、H19、H20、H21
多和田英俊 ニスコム-H18、H19
ピーエイ-H22、H23
日本社宅サービス-H18、H19、H20、H21、H22、H23
沖 恒弘 アイ・ティー・エックス-H18、H19
テクマトリックス-H18、H19
昭和電工-H21、H22、H23
山口直志 アイ・ティー・エックス-H19、H20、H21
サミーネットワークス-H18、H19、H20、H21、H22
フルスピード-H19、H20、H21、H22
花月園観光-H18、H19、H20、H21、H22、H23
ウェブクルー-H18
池田澄紀 アイ・ティー・エックス-H20、H21
京王電鉄-H22、H23
三井金属鉱業-H18、H19、
商船三井-H18、H19、H20、H21
小宮山賢 商船三井-H18、H19、H20
佐々誠一 TDK-H18
セントケア・ホールディングス-H18、H19
ソルクシーズ-H18
バンダイ-H19
バンダイナムコホールディングス-H19、H20、H21、H22
京王電鉄-H19、H20、H21
中島康晴 JFEスチール-H18、H19、H22、H23
JFE商事ホールディングス-H22、H23
キョーリン-H18、H19、H20、H21、H22
アイ・ティー・エックス-H22
オービック-H20、H21
サマンサタバタジャパンリミテッド-H23
金門製作所-H19、H20
大庄-H18
味の素-H17、H18、H19、H20、H21、H22
宮沢 琢 キッコーマン-H21、H22、H23
住友大阪セメント-H22、H23

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2011年11月 8日

アジア刑政財団の所在地

■気になる記事
田中森一氏の「反転」: 馬場 伯明(頂門の一針)より

かつて、大相撲大阪場所が終わった翌日、検察庁や国税庁のキャリア組と大阪の特定の「企業」などがミナミの料亭「花月」で「花月会」という会合を持っていた、とも噂された。

また、検察の外郭団体「アジア刑政財団」の構成企業も必ずしも社会的な評価が高いところばかりではなかった。「犯罪なき繁栄をめざして」(敷田稔 2004年 336頁 2,300 毎日新聞社)という分厚い本がある。

アジア刑政財団理事長
敷田稔氏(元広島高検検事長)の半生の自叙伝であり財団設立と活動の労苦が語られている。しかし、その資金源企業の中には、ある意図を秘め検察と「阿吽の呼吸」があるようにもみえる

■自分のつぶやき
アジア刑政財団と周防社長の進商事(株)が同じビルというのもなんだか……疑問な訳です。
赤坂みすじ通り

T1_2

T2

■上記疑問の検証
地図を見ると、アジア刑政財団の住所(港区赤坂3-11-14)の建物名は「エレボス」。
※しかし、写真を見てみると10Fもなさそうなので、実際は同一住所の赤坂ベルゴビルだろうということがわかりました。

エレボス--wikiより
エレボス(Erebos)とは、ギリシア神話に登場する神。 原初の幽冥を神格化したもの。名前は「地下世界」を意味する

また、地下の暗黒の神でもあり、しばしばタルタロスと混同される。ニュクスの兄弟にして夫で、彼女との間にヘーメラーとアイテールとカローンをもうける。ニュクスとヘーメラーが昼と夜の表裏一体であるように、エレボスと息子のアイテールも、
地下の暗黒と上天の光明という表裏一体をなす

ものすごく、疑問が解消されました。
ビルの命名者の意図がわかるような気がします。
テレビに出ていた元公安の方も、日本は表社会と裏社会が表裏一体の特殊な国だとおっしゃってました。
となると、「冥府の神」であるギリシャ神ハーデス(ハーデース)も気になるところです。

大きな地図で見る

■追記
赤坂エレボスは、つい最近閉店したようです。

赤坂エレボス 2011年11月2日(水)閉店

この度、赤坂エレボスは11/2(水)をもちまして閉店することとなりました。今までの沢山のご支援ありがとうございました。

東京都港区赤坂3-11-14 コンチネンタル赤坂2F

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2011年11月 7日

日本エヌ・ピー・アイ ver2.1

商号 日本エヌ・ピー・アイ(株)
→(株)イーシー都市開発
会社法人等番号 0104ー01ー035226(港区)
0100-01-080592(文京区)
本店 東京都港区南青山5-13-2 南青山池田ビル 6F
法人成立の年月日 1986年5月10日
法人履歴 未詳-文京区後楽1-2-2 ココタイラビル
1998年3月30日-港区南青山3-13-1に本店移転
2000年3月21日-港区南青山5-10-2 第2九曜ビルに本店移転
2001年12月7日-港区南青山5-13-2 南青山池田ビル 6Fに本店移転
2002年10月15日-文京区後楽1-1-13に本店移転
2005年6月29日-(株)イーシー都市開発に商号変更
備考 日本エヌ・ピー・アイ(株)〜イーシー都市開発は、通して
(株)グラファイトデザインの大株主

■役員抜粋

代表取締役
未詳-2002.3
取締役
2002.3-未詳
植田祐弘 オリムピック 代表取締役社長
マミヤ光機 代表取締役相談役
代表取締役
2002.3-未詳
島田和長 マミヤ・オーピー(株)取締役副社長・管理本部長
コスモ・イーシー(株)代表取締役(2000.4-2004.12)
(株)ジェイビー 監査役(1997.8設立-2000.5)
(株)ジェイビー 代表取締役(2000.5-2002.5)
(株)コスモ・スタジオ 監査役(-2001.8)
イーピーシー(株)代表取締役(-2009.5)
オリムピック開発(株)取締役(-2009.5)
(株)オリムピック・スタッフ・カントリークラブ取締役(-2009.5)
(株)セキュア・テック 代表取締役(-2009.5)
(株)コスモ・プロパティ 取締役(-2009.6)
マミヤ・コスモシステム(株)代表取締役(-2009.6)
マミヤ・オーピー・ネクオス(株)取締役(2010.3-)
キャスコ(株)取締役副社長(2010.12-)
コスモ・ハイテック・インターナショナル(株)監査役
代表取締役
未詳-
取締役
2002.3-未詳
落合稔 コスモ・イーシー(株)取締役
コスモ・ハイテック・インターナショナル(株)取締役(1998.4-)
取締役
未詳-2002.3
山田徹
取締役
未詳-1999.6
荻原實 (株)コスモ・スタジオ 代表取締役(1996.2-1998.7)
コスモ・イーシー(株)代表取締役(-2000.4)
取締役
1999.6-2001.12
監査役
1996.6-1999.6
2001.12-2002.3
篠原啓慶 税理士・公認会計士(篠原啓慶会計事務所)→ボヌール青山
ご近所シリーズ06参照
※ほかリンク先参照

ライオンと石井食品の人脈コネクション~その3参照
取締役
2001.12-2002.3
植田充彦
取締役
2002.3-未詳
前山義孝 (株)ジェイビー 代表取締役(2008.12-2011.10)
コスモ・イーシー(株)取締役(2011.10-)
取締役 戸澤茂 (株)インターナショナルイーシー 代表取締役
(株)エーデルワイスゴルフクラブ 代表取締役
コスモ・イーシー(株)取締役(-2008.3)
オリムピックファイナンス(株)取締役(2007.1-)
マミヤ・コスモシステム(株)代表取締役(2009.6-)
(株)ジェイビー 代表取締役(2011.10-)

インターナショナルイーシー破産開始決定参照
取締役 鷹巣操 (株)ジェイビー 取締役(2002.5-2008.11)
イーピーシー(株)取締役
(株)エーデルワイスゴルフクラブ 取締役
(株)セキュア・テック 取締役
マミヤ・デジタル・アート(株)取締役(2011.9設立-)
監査役
1999.6-2001.12
佐藤史芳 税理士(佐藤史芳税理士事務所)→ボヌール青山
七福商事(株)監査役(2002.12設立-2011.6)
七福商事(株)取締役(2011.6-)
(株)グラファイトデザイン 監査役(2003年5月-)
※ほかリンク先参照
監査役
2002.3-未詳
豊田浩 コスモ・イーシー(株)監査役(2000.4-未詳)
コスモ・イーシー(株)取締役(2010.4-)
コスモ・イーシー(株)代表取締役(2011.9-)
(株)ジェイビー 監査役(2000.5-2002.5)
(株)ジェイビー 取締役(2008.7-2008.11)
オリムピック開発(株)監査役(2003.11-)
サン・コスモス(株)代表取締役(2009.3-)
イーピーシー(株)代表取締役(2009.5-)
(株)セキュア・テック 監査役(-2009.1)
(株)セキュア・テック 代表取締役(2009.5-)
(株)オリムピック・スタッフ・カントリークラブ 監査役(-2010.5)
オリムピックファイナンス(株)監査役(-2011.9)
オリムピックファイナンス(株)代表取締役(2011.9-)
マミヤ・デジタル・アート(株)監査役(2011.9設立-)
(株)エーデルワイスゴルフクラブ 監査役(-2011.10)
マミヤ・コスモシステム(株)監査役
監査役
2005.6-2011.10
鈴木定光 (株)ジェイビー 代表取締役(2002.5-2007.12)
(株)セキュア・テック 取締役(2007.1-2009.1)
(株)コスモ・プロパティ 取締役(-2011.7)
(株)インターナショナルイーシー 監査役(-2011.8)
コスモ・イーシー(株)取締役(2004.12-2011.9)
コスモ・イーシー(株)代表取締役(-2011.9)
マミヤ・コスモシステム(株)取締役(-2011.9)
(株)オリムピック・スタッフ・カントリークラブ 監査役(-2011.9)
オリムピックファイナンス(株)代表取締役(-2011.9)
オリムピック開発(株)監査役(2003.11-2011.10)
(株)エーデルワイスゴルフクラブ 監査役(2004.6-2011.10)
監査役
2011.10-
林田武志 コスモ・イーシー(株)監査役(2004.12-2013.12)
(株)コスモ・プロパティ 取締役(2009.6-)

■考察
上記所在地には、こんな会社があります(もしくは、ありました)。

港区南青山5-10-2
第2九曜ビル
(株)オナーズヒル軽井沢
(株)東京糸井重里事務所
(株)バンダイチャンネル
港区南青山5-13-2
ボヌール青山
七福商事(株)
篠原啓慶会計事務所
佐藤史芳税理士事務所
文京区後楽1-2-2
ココタイラビル
コスモ・イーシー(株)
(株)コスモ・プロパティ
マミヤ・デジタル・イメージング(株)
文京区後楽1-1-13 (株)小野組

■小田急電鉄(株)2013年10月31日IR
所在不明株主の株式売却に関する異議申述の公告より

住所→港区新橋4-4-3→現在は新橋溝口ビル

20151110_61749

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遊技機/コスモ・ハイテック・インターナショナルほか

【公開番号】    特許公開2005-58488
【公開日】    平成17年3月10日(2005.3.10)
【発明の名称】    遊技機

【出願番号】    特許出願2003-292836
【出願日】    平成15年8月13日(2003.8.13)
【出願人】   
【識別番号】    503273251
【氏名又は名称】    コスモ・ハイテック・インターナショナル株式会社
【住所又は居所】    東京都品川区西五反田八丁目11番13号
【出願人】   
【識別番号】    598018432
【氏名又は名称】    株式会社ジェイビー
【住所又は居所】    東京都新宿区天神町6番地
【代理人】   
【識別番号】    100085394
【弁理士】   
【氏名又は名称】    廣瀬 哲夫
【発明者】   
【氏名】    矢崎 登
【住所又は居所】    東京都品川区西五反田8丁目11番13号 コスモ・ハイテック・インターナショナル株式会社内
【発明者】   
【氏名】    香坂 性一
【住所又は居所】    東京都新宿区天神町6番地 株式会社ジェイビー

■考察
西五反田ケイズファクトリー周辺参照→ジャパンネットワークシステムと同ビル

矢崎(矢﨑)登氏=現マミヤ・オーピー(株)代表取締役社長

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2011年11月 6日

日本橋室町4-1-22

日本橋室町4-1-22 by HotFrog

とりあえず資料保管だけ。

Pic81

Pic82

■ほか同住所の団体
一般社団法人プリペイドシステム協会

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2011年11月 4日

コスモ・エイティ-碓井優

碓井優--wikiより

碓井 優(うすい ゆたか、1935年5月7日 - )は、日本の実業家。広島県呉市長迫町出身。石川島播磨重工業(IHI)のコンピュータ外販部門のリーダーだった1981年、79人の仲間を率いて同社を集団脱藩(退社)。『コスモ・エイティ』を興して大きな注目を浴び、日本のベンチャー草分けとなった。

1963年それまでの資材部からまったく無縁の電算(コンピュータ)部門、新設された電算化企画室に配属される。スタッフは全部で三人だった。当時のIHI常務で呉造船所の非常勤役員だった真藤恒が「時期尚早」と横槍を入れ縮小したものだった。このため「越権行為では」と真藤に猛烈な敵愾心を燃やした。1968年、呉造船所はIHIに吸収合併される。コンピュータ技術者は全員兵庫県相生市の相生工場に集められた。前社長・土光敏夫の関係から新規導入される電算機の機種は東芝に内定していたが、IBM製の方が優れていると副社長となっていた真藤恒に重大会議で食ってかかりこれを認めさせた。これを機に真藤に私淑、以降「オヤジ」と慕う。この後コンピュータ一ひとすじで社内に確固たる地歩を築いていく。1977年、IHI東京本社電算事業本部電算事業開発センター所長に就任。コンピュータ・ソフト外販事業を軌道に乗せ、その後の組織改革で情報システム室電算事業開発部事業開発センター所長となった。
……
『コスモ・エイティ』は、IHI時代からの顧客であるソニー、日本交通公社、ブリヂストン農業協同組合などのシステム開発を引き継いだが、それだけに留まらず高度情報通信社会を切り拓く先駆者となって21世紀への橋渡し役となる事を大きな目標とした。実際、オリムピック釣具やマミヤ光機(現マミヤ・オーピー)の経営権を取得したり、NTTのINS(後のISDN)実験に参加しニューメディア事業に進出。1983年には三菱商事日本IBMと合弁事業を興し「エビがタイを釣った」と話題を呼んだ。1989年にはリクルート事件の渦中にあった真藤を碓井は個人で擁護し1500万の保釈金も出した

1990年会長に退き翌1991年退社。1992年、碓井は株売買益7億円の脱税で告発された。また『コスモ・エイティ』も1991年、
セコムグループ傘下に加わり1993年、セコム情報システム(現セコムトラストシステムズ)と合併。社名の通り80年代を駆け抜け約10年の激動の歴史に幕を下ろした。

なおこれら石川島播磨重工業からの脱藩までの経緯は、高杉良の小説『大脱走~スピンアウト~』で詳しく描かれている。

真藤恒--wikiより

真藤 恒(しんとう ひさし、1910年7月2日 - 2003年1月26日)は、日本の実業家。福岡県久留米市出身。石川島播磨重工業(現IHI) の社長、電電公社の最終代総裁、NTT初代社長・会長を務めた。また、ドクター合理化の異名を取った。息子に三井物産情報産業本部メディア事業部長、スピードネット社長、ソフトバンクBB常務を歴任し、現ソフトバンクIDC社長の真藤豊がいる。

■関連記事
質問答弁:大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問

■つぶやき
真藤(眞藤)恒、熊取谷稔、コスモ

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内閣官房副長官・事務担当

歴代内閣を見れば、どのポストが重要なのかはすぐわかります。
それは単純に考えて、人の入れ替わりが極端に少ないところです。
それが、官僚の頂点、影の宰相とも呼ばれる、内閣官房副長官(事務)です。

総理が替わっても官房長官が替わっても、ずっと同じ人がやってます。
その中でも--
表でも作れば一目瞭然ですが、超VIPはこの2名。

石原信雄氏と古川貞二郎氏。

石原信雄氏--wikiより

1982年:自治省財政局長に就任。
1984年:
自治事務次官に就任。
……
その他役職
    財団法人日本レクリエーション協会副会長
    財団法人日本法制学会会長
    特定非営利活動法人国土空間データ基盤推進協議会会長
   
財団法人SBI子ども希望財団理事
    財団法人社会経済生産性本部理事
    特定非営利活動法人防災情報機構最高顧問
    特定非営利活動法人日本防災士機構最高顧問
    社団法人日本躾の会名誉会長
    財団法人アジア福祉教育財団理事
    財団法人水府明徳会評議員
    地方自治経営学会顧問
    社団法人日本広報協会会長
    社団法人海外広報協会理事
    東京銀杏会会長
    財団法人関信越音楽協会理事長
    クライシスマネジメント協議会会長

古川貞二郎氏--wikiより

1986年:内閣官房首席内閣参事官(現在の内閣総務官にあたる)
 昭和天皇の崩御による「大喪の礼」や今上天皇の「即位の礼」に関係する一連の行事を、官僚の事務方として指揮する。
1993年:
厚生事務次官
……
その他役職
   
財団法人SBI子ども希望財団理事
    財団法人九州大学学術研究都市推進機構顧問
    財団法人浩志会会長
    社団法人国際音楽交流協会顧問
    特定非営利活動法人日本防災士機構会長
    くるめつつじ会顧問
    財団法人損保ジャパン記念財団理事
    社団法人先端技術産業戦略推進機構名誉顧問
    財団法人日本法制学会評議員会議長
    有限責任中間法人小林がん学術振興会理事
    日本心臓ペースメーカー友の会顧問
    がんをがんがん減らすボランティアの会顧問

■考察
SBIは抜け目ないですね。躍進の秘密はここからの情報でしょうか?
余談ですが、SBI子ども希望財団は、アイ・シー・エフ事件で俎上に上がった日本児童家庭文化協会の二番煎じじゃないか、と自分は思います。
※財団が設立されたのは、まだ事件にもなってない頃だったと思うので、アイ・シー・エフの実情を知ってた上での、当てこすりじゃないかなあと。

ちなみに、現在の内閣官房副長官(事務)は、竹歳誠氏。
wikiにはこう書かれています。
2010年に国土交通事務次官に就任。
2011年9月2日、野田内閣発足に際し、滝野欣弥の後任の内閣官房副長官(事務担当)に起用された。現職事務次官が官房副長官に起用されるのは異例である。

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質問答弁:大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問

大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問 提出日-1984年4月17日
質問本文(html)
答弁本文(html)

■質問書-安恒良一議員

大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問主意書

 東京都港区芝浦四ノ二ノ八に本社を置く株式会社
大沢商会(以下「大沢」という。)と東京都文京区大塚三ノ三ノ一に本社を置くマミヤ光機株式会社(以下「マミヤ」という。)の会社更生法の申立てに基づく倒産に関して、質問する。

一 「大沢」と「マミヤ」の倒産は、東京都新宿区新宿四ノ三ノ一七に本社を置く株式会社
コスモ・エイティ(以下「コスモ」という。)と埼玉県入間市下藤沢一二九四番地に本社を置く株式会社オリムピック(以下「オリムピック」という。)が「マミヤ」の株を三〇パーセント取得し、「マミヤ」の経営権を実質的に支配してからのものであるが、「大沢」「オリムピック」「コスモ」「マミヤ」の関係と現状並びに「大沢」「マミヤ」の会社更生法に基づく手続の進行状況について明らかにしていただきたい。

二 「大沢」倒産直後、「コスモ」の
碓井優社長が詐欺倒産であるといつて大沢を非難した発言をしているが、その事実関係と詐欺倒産かどうか法務省の見解を明らかにしていただきたい。

三 「マミヤ」には、従業員で組織している総評全国金属労働組合埼玉地方本部マミヤ光機支部(浦和市西堀日向一九、執行委員長川村元男、以下「支部」という。)があり、聞くところによると支部は「マミヤ」の再建に全力をあげているが、保全管理人(山本晃夫弁護士)と支部との間で一部工場の分離などについて意見の相違があるとも聞いている。
 これらの件で紛争が起こることは、「マミヤ」の再建にとつて障害になると思われるが、労働省として保全管理人並びに支部に対し、労働組合法及び労働基準法並びに労働協約を尊重するよう指導を行い、労使紛争を未然に防ぐべきだと考えるが、政府の見解を明らかにしていただきたい。
 また、「マミヤ」「大沢」の保全管理人が昭和四十二年七月二十日参議院法務委員会(会議録第十六号)における保全管理人の職務についての政府答弁の範囲を越える行為をしているとして、総評全国金属労働組合(東京都渋谷区桜丘町一五ノ一一、中央執行委員長橋村良夫)並びに支部が東京地方裁判所民事第八部に上申していると聞いているが、その事実と対策について明らかにしていただきたい。

四 「マミヤ」の再建をするには、特に「コスモ」「オリムピック」と金融機関である富士銀行、日本興業銀行、東京都民銀行及び安田信託銀行などの支援が決定的であると思うが、これら関連会社及び金融機関の協力の状況について明らかにしていただきたい。

五 「大沢」「マミヤ」の倒産は、単にその会社の従業員、労働組合のみでなく、下請、関連取引先会社への影響は大きいので、政府、とりわけ通産省、労働省及び大蔵省はいかなる対策を行うのか明らかにしていただきたい。

  右質問する。

■答弁書-内閣総理大臣 中曽根康弘

参議院議員安恒良一君提出大沢商会、マミヤ光機の倒産に関する質問に対する答弁書

一について

(一) マミヤ光機株式会社(以下「マミヤ光機」という。)は、同社で製造した写真機及びその附属品の海外における販売を、主要株主である株式会社大沢商会(以下「大沢商会」という。)の子会社である大沢カメラ販売株式会社を通じて行つていた。
(二) 株式会社コスモ・エイティ(以下「コスモ・エイティ」という。)及び株式会社オリムピック(以下「オリムピック」という。)は、昭和五十九年四月一日現在、マミヤ光機の株式を、それぞれ、四百九十万株及び二百六十万株保有していると聞いている。
 また、コスモ・エイティの代表取締役社長碓井優及びオリムピックの代表取締役社長
植田祐弘は、それぞれ、マミヤ光機の取締役顧問及び代表取締役相談役の任にあつたが、両名とも、既にこれらの役職を辞任していると聞いている。
(三) 大沢商会は、昭和五十九年二月二十九日、会社更生法に基づく更生手続の開始の申立て(以下「更生手続開始の申立て」という。)を行い、マミヤ光機も、同年三月五日、更生手続開始の申立てを行い、共に、現在、東京地方裁判所において審理中であると承知している。

二について

 御質問に係る大沢商会の倒産については、その事実関係を承知していない。

三について

(一) 労使とも労働組合法及び労働協約を尊重すべきことは当然であり、双方が円満に話し合い、問題の解決に当たることを期待している。
 また、労働基準法の遵守については、必要に応じ、適切な指導を行つてまいりたい。
(二) 総評全国金属労働組合、総評全国金属労働組合埼玉地方本部マミヤ光機支部等が、昭和五十九年四月九日、東京地方裁判所民事第八部に対し、マミヤ光機の保全管理人が保全管理人としての職務の範囲を超えて行為することがないよう指導監督権を適切に行使すること等について要請を行つたと聞いている。この要請に対する対策については、要請を受けた裁判所において検討されるべき問題であり、行政府として見解を述べることは差し控えたい。

四について

(一) コスモ・エイティ及びオリムピックは、マミヤ光機の再建に向けて、手形割引等により資金援助を行つていると聞いている。
(二) 関係銀行は、マミヤ光機の再建に関しては、東京地方裁判所の審理の行方を見守つているところであると聞いている。

五について

(一) 通商産業省としては、大沢商会及びマミヤ光機の更生手続開始の申立てに伴う関連中小企業の連鎖倒産を防止するため、東京通商産業局に「(株)大沢商会・マミヤ光機(株)関連中小企業臨時対策本部」を設置し、関係地方公共団体、金融機関等の協力を求めるとともに、関連中小企業に対し、中小企業倒産対策貸付制度、中小企業倒産防止共済制度等の積極的な活用について周知徹底を図つている。
 また、大沢商会については昭和五十九年三月六日、マミヤ光機については同月十日、それぞれ、通商産業省告示で、中小企業信用保険法第二条第四項第一号に規定する事業者(いわゆる倒産企業)に指定し、関連中小企業が倒産関連特例保証制度を活用することができるようにしたほか、緊急時広域あつせん会議を開催する等下請取引のあつせんに努めている。
(二) 大蔵省としては、健全な企業の連鎖倒産を極力防止するため、昭和五十九年三月二日、民間金融機関に対し、政府関係機関と緊密に連絡を取り、遺憾のなきを期するよう全国銀行協会、全国相互銀行協会及び全国信用金庫協会を通じて指示するとともに、同日及び同月十日の二回にわたり、各財務(支)局に対し、政府関係機関、民間金融機関等と連絡を取り、遺憾なきを期するよう指示した。
 また、国民金融公庫及び中小企業金融公庫に対しては、通商産業省とともに、同月一日、中小企業倒産対策貸付制度の積極的活用を指示した。
(三) 労働省としては、大沢商会及びマミヤ光機が更生手続開始の申立てを行つたことに伴い、関連下請中小企業に雇用面での影響が生じるおそれがあるため、雇用保険法に基づき、昭和五十九年三月二十二日、両社を大型倒産事業主に指定し、両社の関連中小企業事業主が離職者の発生を防止するため休業や教育訓練等の雇用調整を実施する場合には、当該事業主に対し、雇用調整助成金を支給することができることとした。
 また、今後やむを得ず関連中小企業から離職者が発生することとなつた場合には、同法に基づく各種給付金の支給等により、その再就職援助に遺憾なきを期してまいりたい。

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2011年11月 3日

クロノス・プロパティ・ファイナンス ver1.4

クロノス・プロパティ・ファイナンス
会社法人等番号:010617
英領西インド諸島、ケイマン諸島、グランド・ケイマン、ウグランド・ハウス私書箱309号

1999年10月22日-設立
2004年4月27日-閉鎖(日本における代表者退任)

■支店
東京都中央区日本橋蛎殻町2-11-3 東信水天宮ビル 3F
東京都中央区八重洲1-4-22 モリタニビル83 (2000年10月10日-)

■目的
1.社債の発行及び社債の引当てとしての財産の取得及び保有に関する業務
2.上記事業に附帯関連する一切の業務

■役員

取締役 ヘンリー・スミス
Henry Smith
1994年-Maples and Calder 入社
1999年-同社 パートナー
Alternative Investment Management Association メンバー
取締役 アンソニー・ベイカー
取締役 ヒュー・トンプソン
Hugh Thompson
1988-1992年-Hill Samuel Bank
1992-1994年-Chemical Bank in London
1993年-会計士資格取得
1994年-United Bank of Kuwait
1996-1999年5月-(株)第一勧業銀行(London)リスクマネージメント部マネージャ
1999年5月-Maples Finance Limited 入社
2009年-同社 Asia/Middle East
2011-2013年-Maples Fiduciary(Cayman/Middle East)
2013年-シンガポール事務所へ
ショッピング・センターズ・ファンディング・コープ 取締役
ネプチューン・ファイナンス・スリー・ケイマン・リミテッド 取締役
取締役 フィリップ・ヒンズ
フィリップ・ハインズ
Phillip Hinds
1997年-Maples Fiduciary 入社
ショッピング・センターズ・ファンディング・コープ 取締役
プルート・ファンディング・リミテッド 取締役
ネプチューン・ファイナンス・スリー・ケイマン・リミテッド 取締役
日本における代表者 木間久幸 監査法人A&Aパートナーズ 代表社員
エイエムリサーチアンドリポー卜(株)取締役(-2001.10)
ショッピング・センターズ・ファンディング・コープ 日本代表
マイ・ショッピング・コープ 日本代表

■考察

(株)インディペンデンス
1999年7月29日設立-東京都中央区日本橋蛎殻町2-11-3 東信水天宮ビル3F
2001年7月1日-東京都中央区八重洲1-4-22に移転
2001年12月3日-文京区千駄木1-15-15(株)ケン・エンタープライズに合併解散

どう考えても、SFCG絡み
名前がクロノスなので調べてみただけなんですが。

PO Box 309といえば
DKT Asia Phoenix Fund(日本橋倉庫)
Bay Wind Realty Finance Cayman Company(ゼファー)
Opera Investments Limited(日本LSI)
など沢山ありますが、なんといってもやはり

Mizuho Preferred Capital (Cayman) ★ Limited(みずほ関連会社)
SMFG Preferred Capital USD ★ Limited(三井住友関連会社)
BTMU Preferred Capital ★ Limited(三菱東京UFJ関連会社)
※★は1〜8などの数字やアルファベット。

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国会質疑:熊取谷稔氏関連〜その1

日本共産党 木島日出夫議員
法務省刑事局長 松尾邦弘

145-衆-法務委員会-8号 平成11年04月21日(1999年4月21日)

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。
 この問題は既に参議院で質疑が行われていますから、端的にお聞きをいたしたいと思います。
 私は、この問題は、基本的には男女間の倫理問題じゃなくて、昨年、大蔵接待問題が大問題になりましたが、その種の大問題であると思っております。
 第一に、こう聞きます。
 報告によりますと、
則定前検事長は、平成五年、九三年十一月ごろ、知人の紹介で銀座の飲食店を利用することになり、それが問題の女性と知り合った契機だというんですが、確認しますが、その知人というのは佐藤章氏であり、銀座の飲食店とは銀座の高級クラブ「えがわ」に相違ありませんか。

○松尾政府委員 おっしゃるとおりでございます。

○木島委員 共通の友人を通じて則定氏は佐藤氏と知り合ったというんですが、共通の友人とはだれでしょうか。

○松尾政府委員 先ほどから雑誌中でMと称されている人でございます。

○木島委員 私は、この問題は単なる私的な問題じゃないと思いますので実名を挙げますが、
松田雅良という人ですか。

○松尾政府委員 具体的名前に言及するのはいかがと思いますが、事が事だけに申し上げますと、松田雅良さんという方でございます。

○木島委員 平成五年十一月当時、則定氏は、たしか法務省の官房長、そして、その後、刑事局長になられたと思います。
 佐藤章氏というのは、
コスモ・イーシー株式会社という株式会社の取締役であった。その会社は、例のパチンコの機械の製造販売等をしている会社であった。そのコスモ・イーシー株式会社の代表取締役は熊取谷稔氏であった。間違いありませんか。

○松尾政府委員 おっしゃるとおりでございます。

○木島委員 コスモ・イーシーという会社はどういう会社か。かつてパチンコ業界にプリペイドカードが導入された問題が発生いたしました。平成元年十一月ころ、衆議院予算委員会でもその問題をめぐりまして、警察庁の官僚と政治家と関係業界との癒着が大問題になりまして、大変な質疑が予算委員会で行われております。そのときに、
日本レジャーカードシステムという会社も登場しますが、その質疑の中でコスモ・イーシーという会社も名前が登場してきますが、承知しておりますか。

○松尾政府委員 承知しております。

○木島委員 どんな点が指摘されたのか、コスモ・イーシーというのはどういうかかわりを持ったのか述べてください。

○松尾政府委員 今、手元に資料がございません。いろいろな形で報道されたものと承知しております。

○木島委員 きょうは、その問題が中心でありませんので、指摘だけしておきます。
 平成元年十一月一日、衆議院予算委員会の会議録がございます。そこで、各党派の委員がいろいろな形から質問しているんですが、我が党の、当時の野間委員も質問をしております。
 日本レジャーカードシステム株式会社というプリペイドカードを発行することを認められた会社、これに警察庁が後押しをした、そこで癒着が問題になったわけであります。そのプリペイド会社の発起につきまして、この熊取谷という人物から陳情書が出されているわけであります。その後、それが取り下げられて、NTTとか三菱商事とか銀行などが一体となって設立されたわけであります。
 その日本レジャーカードシステム株式会社の株主の一部に、
遊技場自動サービス機工業会というのがある。そして、遊技場自動サービス機工業会というのは、自動玉貸し機等の会社四十八社が入ってつくられたものでありますが、その一つに問題のコスモ・イーシー株式会社というのがあるという関連であります。
 私、ここに閉鎖登記簿謄本をとってきております。この会社は現在も生きている会社でありますが、設立が昭和六十二年二月十日であります。そして、平成二年六月二十五日に除却された登記簿謄本を見ると、代表取締役が熊取谷稔、取締役が佐藤章であります。先ほど言ったその国会質疑の中でも、我が党の野間委員が質問に使っておるんですね。これは平成元年ですが、「去年の十月に、「グリーンべると」という業界誌、これがあります。これによりますと、コスモ・イーシーの佐藤さんという統括本部長、彼がいろいろ書かれております。この中身を見ますと、三年前から立案をした、」
 要するに、三年前からプリペイドカードを認めてくれというのでいろいろ運動をやっていたということの、そういう指摘の中で、佐藤さんというコスモ・イーシーの統括本部長の名前が国会でも出てきているんですが、この佐藤さんというのが今回問題になった佐藤章氏、同一人物である。間違いありませんか。

○松尾政府委員 今お読みになった中の佐藤氏と今回の問題になった佐藤氏が同一であるかどうか、ちょっと私申しわけありませんが、今確認はできません。

○木島委員 しかし、佐藤章氏というのは、当時コスモ・イーシーの取締役だった、それは間違いないわけでしょう。答えてください。

○松尾政府委員 その点はおっしゃるとおりでございます。

○木島委員 そういう人物なんですよね。そういう人物とおつき合いをしてこういう女性問題にまで発展する事態に至った、大問題だと私は思うんです。
 そこで、先ほどの報告ですと、則定氏と佐藤氏との会合は三回だけだった、則定氏は応分の負担をしたという報告でありますが、その時期が大変大事だと思うので、その時期、場所、同席者の人数と有無、そして、費用総額、費用総額の中の則定氏の負担した金額、それを明らかにしてください。

○松尾政府委員 則定氏が佐藤氏と知り合ったのは平成五年の中ごろではないかと思われますが、それから、平成六年いっぱいぐらいまでの間に、前後合わせて三回ぐらいということでございます。
 その金額あるいは負担の割合等でございますが、それぞれ応分の負担をしたということで申し上げてありますが、その一回の例としては、先ほど申し上げましたとおり、かなり多人数で行った件がございます。それから、そのほかには、一次会は則定氏が持って二次会は佐藤氏が持ったというような、前後を通じて応分と言えるようなこともございました。
 そんなことでございますので、金額その他の問題はそのように御理解いただきたいと思っております。

○木島委員 到底納得できません。時期を言ってください。時期が非常に大事です。

○松尾政府委員 この時期につきましては、今申し上げた間ということで御容赦いただきたいと思いますが、具体的には、それぞれの記憶なり、あるいは店の方の関係者の供述とか、そういうことで、ある程度狭い範囲で認定できるかもしれませんが、それは、今回の調査そのものが、冒頭に申し上げましたように、いろいろな形で公にはしない部分も含めまして事情を聞かせていただいているということもございますので、なかなかお答えするのは難しいところでございます。

○木島委員 到底納得できません。
 実は、登記簿謄本をずっと追いますと、佐藤氏と熊取谷氏との関係は大変おかしな関係が発生したようで、平成六年十月三日、佐藤章氏はコスモ・イーシーの取締役を解任されています。そういう状況になっているわけです。それで私は時期が非常に大事だと。
 ここに、「パチンコ産業三十兆円の闇 政財官 癒着の全構図」という本が出版されております。その中の一部にこう引用されています。「ゴルフ会員権の大量販売で逮捕された水野健と同様の詐欺事件を起こして国外に逃亡していた熊取谷稔が、何といつの間にかパチンコのプリペイドカードの発行会社「日本レジャーカードシステム」の大株主になっていた。」
 則定氏が佐藤氏とおつき合いをした当時、まさにコスモ・イーシーの代表取締役がこの熊取谷稔氏であり、取締役が佐藤章氏ですから、これが事実だとすれば大問題だと思うんですが、熊取谷氏はそういう詐欺事件を起こして国外に逃亡していたということがここに書かれているんですが、そういう事実はあるんでしょうか。

○松尾政府委員 そういう事実は承知しておりません。

○木島委員 調べませんでしたか。

○松尾政府委員 その点については、本件ではそこまでの調査は必要ない事項と我々は考えておりますので、特段調べておりません。

○木島委員 調査が非常に不十分ということを指摘しておきたいと思います。
 いろいろな資料によりますと、則定氏が佐藤氏や松田氏と飲食をした場所として、先ほど指摘した「えがわ」に加えて、ロイヤルサルート、コスモという場所が指摘されているんですが、そういうところでの飲食はありませんでしたか。

○松尾政府委員 雑誌にそういう名前がどうも登場しておることは間違いございませんが、このS氏あるいはM氏とEという店における飲食は認められるところでございますが、あとの二店につきましては、そのお二人が同席したということについては確証はございませんでした。

○木島委員 到底納得できないんですが、その三回の飲食の最初の時期と最後の時期を言ってくださいよ。

○松尾政府委員 今御質問の中で、佐藤氏がお尋ねの会社の役員をやめたという時期、それが登記に反映しているということでございますが、則定氏が佐藤氏と知り合ってつき合うようになって間もなく、佐藤氏は今言った会社を、縁を切っているといいますか切られているといいますか、そういう関係のようでございまして、その後もその佐藤氏と、まあS氏とM氏といいますか、それと則定氏のおつき合いはずっと続いておったわけです。
 それで、前後三回というのはその間のことでございますが、さらに言うならば、平成五年に知り合ってから六年あるいは七年ということでございますが、そこらあたりの間にそういうこともあったということでございます。

○木島委員 私がしつこく聞くのは、佐藤氏は、平成六年十月三日付でコスモ・イーシーの代表取締役熊取谷稔氏から解任という処遇を受けているんですよ。だから、それの前か後までつき合っていたかどうかは非常に大事なんですよ。先ほど言ったように、熊取谷氏というのは、私も
いろいろな点で名前は知っている、そういう人物ですからね、だから聞いているんですよ。

○松尾政府委員 今申し上げましたように、知人としてのつき合いは、その会社の役員をやめた後も従前と同様に続いていたということでございます。

○木島委員 時間がありませんので、もう押し問答をしてもしようがありませんから質問を移りますが、則定氏が女性に支払ったのは、平成六年、九四年の十月ころの小切手三十万円と現金五十万円ということのようでありますが、先ほど来出ておりましたけれども、女性の方の文章を見ると、五十万円というのは、則定氏じゃなくて、佐藤氏の金じゃないかというふうに読み取れるんですけれどもね。この問題について、その五十万円は一体だれが金を出したのかについて、その女性はどう言っていたんですか、あなた方の調べに対して。

○松尾政府委員 女性が、そこらあたりは推測であるということは言っております。
 ただ、委員御指摘の五十万円でございますが、これは小切手で渡されておりまして、小切手の裏書はその当該A子さんと称する女性でございます。それで、小切手の振出人は則定衛ということでございます。
 したがいまして、雑誌の記載あるいはA子さんの供述をもとにしたということでありますと、その点については、我々の調べですと、事実は違うということでございます。これは、小切手と、またそれの裏づけとなる当座の該当部分の支出、これはまさに五十万円でございました。そんなことで、これは恐らく一〇〇%間違いない事実だと思います。

○木島委員 よう納得できませんが、佐藤章氏から女性への三十万円、それと別の三十万円、これについて、参議院では、中絶その他の八十万円とまた別途の、別種の金という報告をしておるようでありますが、それはどういう趣旨の金だったんですか。その問題についてその女性は何と言っておるんですか。

○松尾政府委員 女性は、佐藤氏から渡されたということでございまして、佐藤氏と、あるいはその金の支出に絡む関係の方が一人、二人おられると私は申し上げましたが、そうした人あるいは則定氏からいいますと、これは渡された趣旨が全然違いまして、その前に五十万円と三十万円と二口ありますが、その三回目の三十万円というのは、先ほど申し上げましたが、その後、女性が若干生活費の補助が必要かというふうに佐藤氏が友人として思い、また関係するA子さんの知人という女性もそう思って、それが契機で援助したお金ということでございまして、この点についてはほぼそれで認められると思います。

○木島委員 時間が来たから終わりますが、
まだまだ大事な部分が隠されているということを指摘いたしまして、終わります。

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2011年11月 2日

西五反田ケイズファクトリー周辺

ナンバーズとユースケサンタマリアで書いた芸能プロダクション(有)ケイズファクトリー周辺のGoogle Earth写真。

暗い紫色のアイコンは旧所在地ですが--
(有)ケイズファクトリー
1998年4月の設立から2003年5月までは、紫色の場所で、2003年6月以降は黄色の場所です。

隣のビルにジャパンネットワークシステム(株)がいます。
ジャパンネットワークシステムはちょっと離れた西五反田7丁目にあったのですが、2002年7月〜2008年6月はこの写真の住所にありました。
この頃のジャパンネットワークシステムは
峰島重雄代表取締役社長。
ライオンと石井食品の人脈コネクション~その3で登場する田巻達也氏は監査役でした。

ケイズファクトリーのあったビルのオレンジ色の???は某監査法人の公認会計士なのですが、この会計士の担当企業を調べると面白いことになるのです。

担当年度は省略しますが、担当企業は次のとおりです。
・熊谷組
・西松建設
・ビジネストラスト

ライオンと石井食品の人脈コネクション~その3の熊谷組がしっかりあります。
ビジネストラストは、所在地の赤坂ツインタワー本館に入っている(入っていた)企業をリストアップすれば良いと思います。
赤坂ツインタワー本館は、自分的には(株)マキスがあるのが興味深いです。

Ksfactory

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東京ダモイ

東京ダモイ--wikiより
『東京ダモイ』(とうきょうダモイ)は、鏑木蓮による日本の推理小説。
2006年、第52回江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作(早瀬乱の『三年坂 火の夢』と同時受賞)。

ひっくり返せば、ダモイ・トウキョウで

第1次中曽根内閣通産大臣宇野宗佑元首相のwikiより

シベリア抑留
1943年2月1日に学徒出陣により敦賀連隊に配属された。宇野は主計試験を受けたが、当初は成績が悪かった。
三重の津連隊に一時分遣後、5か月間、満州の新京経理学校で主計将校として訓練を受けた後、12月に主計少尉として朝鮮北部の連浦連隊に配属された。

1945年の終戦後、8月23日にソ連軍により武装解除され、4日後に朝鮮の宣徳収容所に入った。ソ連の船に乗り、10月7日にナホトカに上陸してマラザ収容所に入所した。それから宇野は2年間ソ連に抑留された。

1947年7月28日に収容所から出所、10月15日に帰還船「信洋丸」に乗って帰国して抑留生活を終えた。1948年11月に自身の抑留体験を綴った『
ダモイ・トウキョウ』(ロシア語で「東京に帰る」の意味)を出版。この本は1952年に阿部豊によって『私はシベリアの捕虜だった』というタイトルで映画化され、大きな反響を呼んだ。

抑留者といえば--

(財)全国強制抑留者協会
東京都千代田区九段北1-8-2

千代田区九段北1-8-2→(株)陽光エステート、(株)陽光ビルメンテナンス、(株)九段エステート

■参考記事
国会質疑:長崎屋・小野グループ
陽光エステート

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ハサミ男 ver1.3

ハサミ男--wikiより

『ハサミ男』(ハサミおとこ)は、殊能将之による小説、および小説を原作とした映画。
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2005年に公開された。制作は東宝・東北新社 広美。配給はメディアボックス。

監督 - 池田敏春

殊能将之--wikiより

殊能 将之(しゅのう まさゆき、1964年1月19日 - )は、日本の推理作家。福井県出身。

福井県立藤島高等学校卒業。名古屋大学理学部中退後、編集プロダクションに勤めるが、その後退職。1999年に『ハサミ男』で第13回メフィスト賞を受賞してデビュー。

■広美→(株)広美→ラウンドクロス築地参照

池田敏春--wikiより

池田 敏春(いけだ としはる、1951年2月23日 - 2010年12月下旬)は、日本の映画監督。
……
山形県出身。1974年、早稲田大学第一文学部卒業。在学中から石原プロモーションにて助監督を務める。
……
2010年12月24日に三重県志摩市の知人宅を出た後連絡が取れなくなっていたが、同年12月26日に志摩市の大王崎灯台付近の海上で死後1日から2日経過した遺体が発見され、翌2011年1月28日に三重県警鳥羽署より遺体の身元が池田であると発表された。59歳没。

東北新社--wikiより

「東北新社」という社名は、創業者の植村伴次郎(現最高顧問)が秋田県由利郡東滝沢村(後の由利町、現・由利本荘市)の出身であることから、銀座で小さなバーを経営している時に知り合った「劇団四季」の浅利慶太が名付けた「東北社」がもとになっている。

浅利慶太--wikiより

浅利 慶太(あさり けいた、1933年3月16日-)は、東京都出身の演出家、実業家である。劇団四季創設者の一人で芸術総監督。劇団の運営・管理に当たる四季株式会社の代表取締役会長もつとめる。2009年4月1日から、再び同社の代表取締役社長の任にある。
慶應義塾高等学校卒業、慶應義塾大学文学部仏文学専攻中退。特選塾員。
慶應義塾評議員
……
政商と褒章・顕彰辞退
1970年代から海外ミュージカルの翻訳上演を始め、
中曽根康弘や石原慎太郎などの政治家との関係を背景とした莫大な集金、集客力により、劇団四季を大劇団へと成長させる。興行面においては1983年『キャッツ』初演において日本で初めて無期限ロングラン公演を成功させた。中曽根や石原のブレーンとしても知られていたうえ、先述どおり政界との繋がりをおおいに利用して劇団を躍進させたことから、「政商」と批判されたが、後の日本経済新聞の連載など様々な場所でその事を自ら肯定しているばかりか、「国益のため」と正当化している。

劇団四季
四季(株)→神奈川県横浜市青葉区あざみ野1-24-7

■つぶやき
四季劇場も、しっかり浜離宮のそばです。

大きな地図で見る

広美代表取締役、勧宝商事代表取締役

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2011年11月 1日

オリンパス第三者委員会 ver1.3

「第三者委員会」設置のお知らせ

委員長 甲斐中辰夫 弁護士卓照綜合法律事務所
みずほ銀行システム障害特別調査委員会委員長
(株)オリエンタルランド 監査役
日本航空(株)取締役
(株)みずほ銀行 取締役 ※オリコ反社融資事件後
生命保険契約者保護機構 理事長
委員 中込秀樹 弁護士(ふじ合同法律事務所
委員 須藤修 弁護士(須藤・髙井法律事務所)→日比谷マリンビル
ワールド参照
委員 片山英二 弁護士(阿部・井窪・片山法律事務所)→福岡ビル
事業再生実務家協会参照→平河町ビルディング
委員 有田知徳 弁護士(シティユーワ法律事務所)
(株)ゆうちょ銀行 取締役
WDBホールディングス(株)監査役
(株)ウォーターダイレクト 監査役
(財)アジア刑政財団 審議役
委員 滝口勝昭 公認会計士
(株)日特建設 監査役
フェニックス・キャピタル(株)監査役
日本リバイバル債権回収(株)監査役
(公財)石橋財団 理事
元 ゴールドパック(株)監査役

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