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2011年10月

2011年10月31日

ニチイ学館によるGABA完全子会社化の考察

株式会社ニチイ学館による株式会社GABAの株式交換による完全子会社化に関するお知らせ
代表取締役および取締役の異動に関するお知らせ

■考察
(株)GABA 移転履歴
東京都目黒区中目黒1-1-71
目黒区上目黒2-1-1
渋谷区元代々木町30-13

目黒区上目黒2-1-1といえば
・(株)アドバンテッジリスクマネジメント
・(株)ネットエイジグループ(現・ngi group(株))旧所在地
・(株)ドリームインキュベータ旧所在地
・宝くじロトハウス中目黒GTプラザ店

渋谷区元代々木町30-13といえば
・昭和KDE(株)※キョウデン・グループ旧所在地
・(株)サンマリ東京(後のキョウデンエリアネット)※キョウデン・グループ旧所在地
・(株)キョウデンエンタープライズ※キョウデン・グループ旧所在地
・(株)ネットクエスト※キョウデン・グループ旧所在地
・キョウデンエレクトロニクス(株)※キョウデン・グループ

どうして、GABAがキョウデン・グループの拠点に移転したかを推測すると
長崎屋人脈参照

退任される上山健二社長はキョウデンのメンバーと同じく長崎屋の代表取締役だったからでしょう。

ネットエイジグループ役員→パラカ役員

中村隆夫取締役 1989年4月-日本銀行入行
1996年2月-(株)デジタルガレージ取締役
1999年6月-(株)インフォシーク代表取締役
2004年3月-(株)ピーエイ取締役
2006年6月-(株)ネットエイジグループ監査役
2009年12月-パラカ(株)取締役


デジタルガレージ
インフォシークといえば→ケイズ・パートナーシップより伊藤穰一取締役
ピーエイといえば→通産官僚とRFID〜その1より村井勝取締役
ネットエイジグループといえば
北城格太郎取締役(日本アイ・ビー・エム(株)最高顧問)
前刀禎明取締役(ライブドア創業者)@竹田和平氏の犬山市出身

買収するニチイ学館側は常勤監査役2名が、ともに元・警視長とものものしいです。

■つぶやき
なんだか、あちこちで公開買付とか子会社化とか活発になってきましたね。
そういえば、CCCも上場廃止だったですね。

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白山から上伊那郡へダイレクト

(株)ハクサン

会社法人等番号 006362
本店 東京都文京区白山1-37-9-509
法人成立の年月日 1948年11月10日
法人履歴 タカノ総業(株)
東京都文京区白山1-33-19
1994年9月1日-(株)ハクサンに社名変更
2000年6月9日-東京都文京区白山1-37-9-509に移転

■役員

堀井真紀子代表取締役
堀井朝運取締役 1957年4月-(株)タカノ製作所入社
※現・タカノ(株)
1963年8月-同社取締役
1985年9月-同社取締役副社長
1988年9月-同社代表取締役社長
1998年6月-同社代表取締役会長
2000年6月-同社相談役
2003年6月-(株)八十二銀行監査役
■そのほか
(株)日本政策投資銀行技術アドバイザー
(財)国民政治協会・評議員
一般社団法人・日中未来産業推進協会名誉会長

■考察
タカノ(株)→長野県上伊那郡宮田村137
タカノ(株)長谷川洋二監査役→(株)キョウデン監査役

(株)ハクサン
文京区白山1-33-19大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その4参照
※(株)ビジョンクエストの設立住所と同じ

(株)ハクサンは大量保有報告書でも確認できます。
見ておわかりのとおり、ハクサン=白山
白山から上伊那郡へダイレクト・ジャンプです。

八十二銀行といえば、茅野実頭取。

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ロビージャパン ver1.3

(株)ロビージャパン

会社法人等番号 0110-01-035798
0100-01-086392
本店 東京都渋谷区渋谷2-9-11 青山シティビル
法人成立の年月日 2000年12月14日
移転履歴 設立-渋谷区渋谷2-9-11
2003年12月18日-中央区日本橋小舟町1-6 岡常小舟町ビルに本店移転

■役員

代表取締役
設立-
米津等史 燈籠の会参照
取締役
設立-
福原有一 リンクスコーポレーション参照
六本木トリニティビル参照
取締役
設立-
永野隆治 燈籠の会参照
リンクスコーポレーション参照
六本木トリニティビル参照
監査役
設立-
逢坂哲也 弁護士
米津・逢坂法律事務所
千代田区永田町2-10-1 永田町山王森ビル 2F
監査役
2008.2-
土肥孝治 弁護士
土肥法律事務所所属
大阪市北区南森町2-2-9 南森町八千代ビル 6階FG号室

1958年4月-検事任官
1984年11月-最高検察庁検事
1993年7月-大阪高等検察庁検事長
1995年7月-東京高等検察庁検事長
1996年1月-検事総長
1998年7月-弁護士登録
1999年6月-(株)小松製作所 監査役
1999年6月-マツダ(株)監査役
2002年4月-積水ハウス(株)監査役
2002年6月-阪急電鉄(株)監査役
2003年6月-関西電力(株)監査役
2005年4月-阪急阪神ホールディングス(株)監査役
2006年6月-(株)アーバンコーポレイション 取締役

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2011年10月29日

白山と福田石材

福田石材(株)
新潟県新潟市中央区白山浦1-614 白山ビル9F

(株)福田組、福田始監査役が社長で、福田組の株主会社です。
福田組といえば、書くに及ばないでしょうが、
小沢一郎議員の義父、福田正氏のご自宅もほど近くのようです。

■白山ビルにある他の団体
(社)新潟県空調衛生工事協会-3F
(社)新潟電設業協会-4F
新潟県社会経済生産性本部-5F
(社)新潟県設備設計事務所協会-5F
(社)新潟県建築士事務所協会
-6F
マザーマシンレンタル・リース(株)新潟支店-7F
福田農産(株)-9F
新潟市設備工事協同組合
新社会党・新潟県本部

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長野県閥研究その3

オメガプロジェクト・ホールディングス(株)の2010年提出有報より

矢島 誠代表取締役社長 1957年4月-(有)協和精機製作所入所
1964年6月-(株)矢島電気((株)KOA指定工場)代表取締役
1981年4月-箕輪町経営研究会会長
1989年6月-ライオンズクラブ役員
1994年4月-(株)KOA協力会会長
2000年1月-(有)伊那エレクトロニクス代表取締役
2008年3月-大樹総研(株)顧問
2010年6月-オメガプロジェクト・ホールディングス(株)代表取締役
2011年2月-逝去により退任

■オメガ・プロジェクト(株)、オメガプロジェクト・ホールディングス(株)所在地遷移
※渋谷区にオメガ・プロジェクト(株)として新規登記分より

渋谷区恵比寿4-20-3(2005年6月〜2006年7月)
千代田区紀尾井町4-1(2006年7月〜2008年3月)
千代田区麹町4-4-7(2008年4月〜2008年6月)
品川区東五反田1-11-15(2008年7月〜2009年3月)
品川区西五反田1-26-7(2009年3月〜2010年7月)
港区南青山1-11-45(2010年7月〜2010年9月)
2010年10月より、ソーシャル・エコロジー・プロジェクト(株)に社名変更

■考察
矢島誠社長と大樹総研(株)の矢島義成取締役は登記簿住所が同じです。
※(有)伊那エレクトロニクスの登記簿にて確認

KOAは箕輪町のコーア(KOA)のことだろうと思っていましたが、コーアは後株なのです。
有報の錯誤かもしれませんが、要調査です。

いずれにしても箕輪町経営研究会と、中曽根内閣時代の頃のメンバーが気になるところです。
オメガプロジェクトの移転先で興味深い場所がいくつかありますが、それはまた別の機会に。

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2011年10月27日

白山と監査法人 ver1.1

白山住所の監査法人社員と監査担当企業

■新日本監査法人→新日本有限責任監査法人

公認会計士A みずほ信託銀行
みずほフィナンシャルグループ
みずほコーポレート銀行
みずほ銀行
公認会計士B グラファイトデザイン
細田工務店
日本道路
清水建設
公認会計士C リケンテクノス
日産自動車
日産車体

■あずさ監査法人

公認会計士D アスクル
エイジア
デジタルハーツ
プラス
ライフコーポレーション
フクダ電子
情報技術開発
駐車場綜合研究所
日本建築センター

■考察
宝くじとの関係
みずほグループは説明不要でしょう。
グラファイトデザイン→七福商事
清水建設は第一銀行と親密です。清水満昭取締役は第一銀出身です。
日本道路は清水建設の持分法適用関連会社です。
日本道路も→七福商事

ライフコーポレーションは松久と流通株買い占め人脈などで検証中。
フクダ電子には白洋舎監査役の弁護士が一時期監査役でした。
白洋舎監査役には元宝くじ部担当取締役。

その他の企業も追々検証予定ですが--
デジタルハーツ所在地→ウエストホールディングス東京支店所在地ビル
エイジア→役員にDKB出身IPOプランニング専務、夢真出身者

■つぶやき
日産自動車の本店所在地は
横浜市神奈川区町2番地

松久人脈、宝くじ人脈、上伊那人脈の検証は随時進行中ですが、生長の家人脈もいずれ。

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正田醤油館林工場の白山神社 ver1.1

正田醤油館林工場敷地内の白山神社

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正田貞一郎--wikiより
正田 貞一郎(しょうだ ていいちろう、明治3年(1870年)2月28日 - 昭和36年(1961年)11月9日)は、日本の実業家。日清製粉創業者。元貴族院議員。群馬県館林市名誉市民。正五位勲三等。

美智子皇后、日清製粉グループ本社会長・正田修の祖父。

……
略年譜
1901年(明治34年)
    12月 - 館林製粉会社、臨時総会を開いて役員を改選し初代根津嘉一郎、浅田正文、茂木啓三郎等中央財界に名前の通った人を役員とする。
取締役社長に初代根津嘉一郎が就任する。
1907年(明治40年) - 東京市小石川区小日向台町(現・文京区)に居を構える。
1942年(昭和17年)
    11月 -
東武鉄道株式会社取締役会長に就任。

正田英三郎--wikiより
正田 英三郎(しょうだ ひでさぶろう、1903年9月21日 - 1999年6月18日)は日本の実業家。群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)出身。
日清製粉グループ本社の創業者・正田貞一郎の三男として生まれたが、長兄・明一郎(貞一郎の長男)が早世し、次兄・建次郎(貞一郎の次男)が数学者となったので、英三郎が父の跡を継いだ。皇后美智子の実父である。

正田建次郎--wiki

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長野県閥研究その2

中曽根内閣より長野県閥を調査

第1次中曽根内閣/1982年(昭和57年)11月27日 - 1983年(昭和58年)12月27日
内閣官房副長官(事務) - 藤森昭一

第2次中曽根内閣/1983年(昭和58年)12月27日 - 1984年(昭和59年)11月1日
内閣官房副長官(事務) - 藤森昭一
自治政務次官 - 伊藤公介

第2次中曽根内閣 (第1次改造)/1984年(昭和59年)11月1日 - 1985年(昭和60年)12月28日
内閣官房副長官(事務)- 藤森昭一

第2次中曽根内閣 (第2次改造)/1985年(昭和60年)12月28日 - 1986年(昭和61年)7月22日
厚生大臣 - 今井勇
農林水産大臣 - 羽田孜
内閣官房副長官(事務)- 藤森昭一
建設政務次官 – 中島衛

第3次中曽根内閣/1986年(昭和61年)7月22日 - 1987年(昭和62年)11月6日
内閣官房副長官(事務)- 藤森昭一

藤森昭一氏--wikiより
藤森 昭一(ふじもり しょういち、1926年(昭和元年)12月26日 - )は、日本の官僚。長野県出身。内閣官房副長官、宮内庁長官日本赤十字社社長などを歴任。勲等は勲一等旭日大綬章。日本赤十字社名誉社長。

伊藤公介氏--wikiより
伊藤 公介(いとう こうすけ、1941年10月23日 - )は、長野県上伊那郡高遠町(現・伊那市)出身の政治家、実業家。

生い立ち
伊藤泰郎(武蔵工業大学元教授)の実弟。

長野県伊那北高等学校卒。法政大学法学部在学中にスポンサーを募ってヨーロッパを取材旅行し、帰国後紀行文を出版して得た資金を基に、オハイオ州立大学に語学留学。1967年から神田外語学院の講師になったが、政治家志望を実現するため同郷の自由民主党代議士
向山一人(伊那毎日新聞創業者)を頼り、1969年に向山が経営する興亜電工に入社向山の個人秘書に採用される。

元秘書
鈴木邦彦 (政治家) - 元多摩市議、元多摩市長
小川友一 - 元日野市議会議長、元衆議院議員
柴野たいぞう - 元衆議院議員

■参考記事
耐震強度偽装、上伊那森派人脈に重なるのは偶然か(加藤学(衆議院議員)blog)

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長野県閥研究その1

箕輪町 政治団体 官報で検索

その結果、箕輪町周辺の寄附を集めていると判ったのは--
創和会宮下一郎後援会)と宮下創平後援会

宮下一郎議員--wikiより
宮下 一郎(みやした いちろう、1958年8月1日 - )は日本の政治家、自由民主党に所属する前衆議院議員(2期)。長野県伊那市出身。父は元衆議院議員の宮下創平
東京都立戸山高等学校を経て、1983年東京大学経済学部を卒業。
住友銀行に入行。1991年銀行を退社し、父宮下創平の秘書官となる。
2003年11月、父の後を継ぎ第43回衆議院議員総選挙に出馬し初当選を果たす。
2005年9月再選。2007年8月29日、安倍改造内閣で財務大臣政務官に任命された。

宮下一郎議員の政治団体といえば
創風会代表者: 中條高徳

中條氏といえば
・旧制松本高等学校出身抜粋
著名な出身者
藤森昭一 - 日本赤十字社社長、宮内庁長官
宮下創平 - 防衛庁長官、環境庁長官、厚生大臣
山本重信 - 通商産業事務次官、トヨタ自動車会長(1985年6月- )
→日野自動車工業(現・日野自動車)会長
山本鎮彦 - 警察庁長官(1978年~1981年)
→財団法人保安電子通信技術協会会長、さくら銀行顧問など
山本幸雄 - 自治大臣、国家公安委員会委員長
(第1次中曽根内閣
稲葉興作 - 日本商工会議所会頭

井上薫 - 第一勧業銀行初代会長
堀田庄三 -
住友銀行頭取、"住銀中興の祖"→経済同友会代表幹事、大正製薬社長の上原明は二男
吉川清一 - 清水建設社長
吉野平八郎 - 東武百貨店社長

同台経済懇話会--wikiより
2010年(平成22年)時点役員
代表幹事 -
山本卓眞(富士通名誉会長) 58期
副代表幹事
   山口信夫(
旭化成会長・日本商工会議所名誉会頭) 58期
   下山敏郎(元
オリンパス光学工業(現 オリンパス)最高顧問) 58期
   神田延祐(元第二電電(DDI)社長・三和銀行副会長) 59期
   石野清治(元
資生堂会長・厚生次官) 59期
   澁井英夫(元
中外製薬副社長) 60期
   
中條高徳(元アサヒビール副社長) 60期
   中村文俊(極東産業代表取締役会長) 61期
   白川浩司(設計事務所代表) 61期
   
福田一彌日宝販相談役・元第一勧銀常務) 幼47
   小長啓一(元アラビア石油会長) 幼48
   辻川健二(軍事史学会副会長) 防5
   岩崎俊雄(クレスコ会長) 防9
常任幹事 野地二見(元DDI常任顧問・産経新聞社取締役) 59期


・その他
1)志士経営者倶楽部から都市綜研インベストバンク人脈へ
2)氏の住所は登記簿上は九段北になっているが、同ビルに
日本児童家庭文化協会理事。
また、周辺にある(あった)複数の企業が色々と興味深い。

■中條氏が寄附した他の政治団体(官報より)
翔武会/武部 勤議員
翼雄会/羽田雄一郎議員
遠山会/亀岡偉民議員

亀岡偉民議員--wikiより
栃木県下都賀郡国分寺町出身
高校時代は作新学院高等学校の捕手として江川卓とバッテリーを組んだ。早稲田大学では山倉和博の控え捕手であった。大学卒業後は熊谷組に入社。後に、早稲田大学野球部助監督を務める。

叔父である亀岡高夫元建設相と養子縁組し、選挙地盤を引き継ぐ後継者として1990年から衆議院議員総選挙に4回連続で立候補するも、総て落選した。

羽田雄一郎議員--wikiより
祖父・羽田武嗣郎(衆議院議員)
父・
羽田孜(首相)
新潟県の敬和学園高等学校、玉川大学文学部芸術学科卒業後、伊藤忠記念財団に勤務。

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星新一と上伊那郡箕輪町と北佐久郡

星新一--wikiより
1949年(昭和24年)、同人誌「リンデン月報」9月号にショートショート第1作『狐のためいき』を発表する。おそらく、星の初めての作品である。

1951年(昭和26年)、父が急逝したため同大学院を中退し、会社を継ぐも当時の
星製薬は経営が悪化しており、経営は破綻。会社を他人に譲るまでその処理に追われたという。星製薬倒産の経緯は『人民は弱し 官吏は強し』にも少なからず触れられているほか、『星新一 一〇〇一話をつくった人』においてその詳細が記されている。この過程で筆舌に尽くしがたい辛酸をなめた星自身は後に「この数年間のことは思い出したくもない。わたしの性格に閉鎖的なところがあるのは、そのためである」と語っている。会社を手放した直後、病床でレイ・ブラッドベリの『火星年代記(火星人記録)』を読んで感銘を受ける。この出会いがなければSFの道には進まなかっただろうと回顧する。星は厳しい現実に嫌気が差し、空想的な「空飛ぶ円盤」に興味を持つようになる。たまたま近くにあった「空飛ぶ円盤研究会」に参加。この研究会は三島由紀夫、石原慎太郎が加わっていたことでも知られている。

星製薬退社後は作家デビューまで浪人生活が続くが、自宅が残っていた上に星薬科大学の非常勤理事として当時の金額で毎月十万円が給付されており、生活に窮するようなことはなかった。

1957年(昭和32年)、「空飛ぶ円盤研究会」で知り合った柴野拓美らと日本初のSF同人誌「宇宙塵」を創刊。第2号に発表した『セキストラ』が当時江戸川乱歩の担当編集だった大下宇陀児に注目され、「宝石」に転載されて
デビューした

大下宇陀児--wikiより
大下 宇陀児(おおした うだる、1896年11月15日 - 1966年8月11日)は日本の探偵小説作家。別名、XYZ。

長野県
上伊那郡箕輪町に生まれる。本名、木下龍夫。九州帝国大学(現在の九州大学)工学部応用化学科を卒業後、農商務省臨時窒素研究所に勤務。文壇における、同僚の甲賀三郎の活躍に触発されて小説を書き始めた。

1925年、『金口の巻煙草』でデビュー。『新青年』を舞台に、江戸川乱歩や夢野久作と並ぶ探偵小説の人気作家として活躍。戦後は、NHKの人気ラジオ番組『二十の扉』の解答者として人気を博した。

1951年、『石の下の記録』で第4回探偵作家クラブ賞を受賞。探偵小説だけでなくSF小説にも関心を示し、「空中国の大犯罪」や『ニッポン遺跡』といった作品を執筆し、
星新一の才能を見出した

出澤三太--wikiより
出澤 三太(でざわ さんた、1917年12月25日 - 1985年5月17日)は俳人。筆名は出澤珊太郎。作家星新一の異母兄

星一の庶子として東京市芝区琴平町(現在の東京都港区虎の門1丁目)に生まれ、
長野県北佐久郡の出澤夫妻の息子として入籍され、生後まもなく六本木の医師の家庭に預けられて育つ。
……
敗戦に伴い1945年9月に召集を解除されて復員。星一により星食糧品株式会社の経営を任され、同社の経営を軌道に乗せる。1948年9月、星製薬に取締役として迎えられたが、詐欺に遭って星食糧品株式会社を手放すことを余儀なくされ、1949年12月には星製薬取締役の役職からも退任し、以後二度と星製薬とは関係を持たなかった。出澤の後任として星製薬取締役営業部長に就任したのが星新一だった。

その後、警察予備隊勤務を経て川崎市で
星製作所を設立。日立製作所の下請けとしてマイクロスイッチの部品を製作していたが倒産し、東京渋谷で俳句雑誌などを刊行する出版社「星書房」と不動産会社を設立した。

俳人としては中村草田男の句誌『萬緑』(ばんりょく)の創刊を助けた他、水戸高の1学年下に在籍していた親友金子兜太たちと同人俳誌『青銅』を発刊。1962年4月、金子の創刊した『海程』に発行人として参加。晩年は『すずかけ』の主宰者として活動した。

碁を趣味とし、異母弟星新一と碁を打つこともあった。

長男の
出澤研太は、日本アイ・ビー・エム株式会社執行役員

出澤研太氏経歴
昭和48年 (1973年) システム・エンジニアとして日本IBM株式会社入社その後営業部門にて営業部員、営業課長、
本社戦略担当等を歴任
平成元年 (1989年)
椎名社長補佐
平成5年 (1993年) 米国IBM勤務、コーポレート・ストラテジー、RS/6000 Div. 社長補佐
平成6年 (1994年) 理事 RS/6000製品事業部長
平成11年 (1999年) IBM Global Services -AP バイス・プレジデント
平成12年 (2000年) 取締役 インテグレーテッド・テクノロジー・サービス事業部長
平成15年 (2003年) 執行役員 金融第一事業部長
平成17年 (2005年) 執行役員 システム製品事業担当
平成18年 (2006年) 常務執行役員 経営イノベーション担当

平成22年 (2010年) 退任、常務顧問 

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2011年10月24日

ヨネックス ver1.2

ヨネックス(株)

■役員抜粋

監査役 藤井清彦 1954年4月-東京国税局 入局
1993年7月-東京国税局調査第三部長
1994年7月-退官
1994年8月-税理士登録
1999年6月-ヨネックス(株)常勤監査役
2000年6月-(株)日宝販 社外取締役(-2008.6)
2000年6月-日本ハーデス(株)社外取締役(-2008.6)
2002年3月-(株)企画研究所 社外取締役(-2008.6)
2002年3月-宝成不動産(株)社外取締役(-2007.4)
2003年11月-(株)明都物産 社外取締役(-2008.6)
2005年2月-(株)ECO−LED 社外取締役(-2005.12)
2007年2月-(株)CSリサーチ 社外取締役(-2008.6)
2007年3月-(株)宝くじネット 社外取締役(-2008.6)
2007年3月-(株)HIT 社外取締役(-2008.6)
2007年3月-(株)タウンドリーム 社外取締役(-2008.6)
ほか
(NPO)公共政策支援団 監事

■備考
藤井清彦税理士事務所
中央区日本橋人形町2-7-5-1201

■ヨネックス(株)会計監査人(H23年6月監査報告書より)兼任企業抜粋
有限責任監査法人トーマツ

福田昭英会計士 ヨネックス(株) H22-23
(株)テーオーシー H18-20
(株)ナイガイ H18-19
(株)京樽 H18-19
日本テレビ放送網(株) H19-23
(株)アイケイコーポレーション H18-19
SBI証券(株) H18-19
平野満会計士 ヨネックス(株) H20-23
ソレキア(株) H17-19
(株)京樽 H18-22

※年度は当方手持ちの有報より検索した分だけ

■(株)京樽所在地
登記上本店所在地:中央区日本橋人形町2-7-5
営業住所:中央区日本橋人形町3-8-1

■考察1
藤井監査役の税理士事務所と、ヨネックス監査担当公認会計士が兼任する(株)京樽登記本店住所が同じです。

(株)京樽・大株主
第1位:(株)吉野家ホールディングス
第2位:(株)カトーサービス
カトーサービス=加ト吉資産管理会社
※加ト吉といえば、大江戸温泉物語、すかいらーく、日本たばこ産業などなど。

京樽の経緯はwikiを参照。

他の兼任企業、テーオーシーやソレキアも興味深いですね。

■考察2
(株)京樽社外監査役・元管財人補佐
川瀬庸爾弁護士→濱田法律事務所→千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル4階
※富国生命

■考察3
(株)京樽松尾俊幸社外監査役→西友出身→当時の西友→伊佐山建志監査役(1967年通産省入省)
→現テルモ(株)社外取締役

■考察4
最近の大量保有報告書を見ると、米山修一氏の現住所はデュッセルドルフのようです。

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2011年10月22日

ヤマト科学ビル

ヤマト科学ビル
東京都中央区日本橋本町2-1-6

■入居している法人抜粋

ヤマト科学(株) ■役員
椎名武雄社外取締役
日本アイ・ビー・エム(株)名誉相談役、HOYA(株)元取締役
HOYAからのコネクション〜その1参照
ヤマトマテリアル(株) 本店登記住所
■役員
小寺義信社外取締役
日本債券信用銀行ー改革時役員参照
■参考記事
ヤマトマテリアルとRFID
5,6,7F わかもと製薬(株) ■大株主
新菱冷熱工業(株)
株主比較ー東京美装興業、サンシャインシティほか参照
■役員
神谷信行代表取締役社長
元・興和(株)常務取締役・経営企画室長
■備考
日本タイ協会
評議員抜粋
牧田潔明氏(わかもと製薬(株)取締役会長)
三輪隆康氏(興和(株)取締役会長、在名古屋タイ王国名誉総領事
山中衛氏(HOYA(株)相談役)
2F (株)ブロードリンク 法人専門中古パソコン買取・廃棄業
■顧問弁護士抜粋
河本・三浦法律事務所
河本一郎→神戸大学名誉教授、日本学士院会員
三浦州夫ヤマハ(株)社外監査役
アクト法律事務所
・岩井重一弁護士→東京弁護士会元会長、日本弁護士連合会元副会長
■顧問税理士
廣川税理士事務所
・廣川昭廣→神田税務署元署長、(株)T・A・S顧問税理士
■顧問
・小林朴
元警察庁刑事局長
電子遊技機工業協同組合(電遊協)最高顧問
※電子遊技機工業協同組合理事長
=寺尾文孝→(株)日本リスクコントロール代表取締役
全日本デリバリー業安全運転協議会 特別顧問
・堀龍兒
早稲田大学大学院法務研究科教授
日商岩井(株)(現在、双日(株))元専務取締役
(株)トクヤマ社外監査役
大同生命保険(株)社外取締役
リスクモンスター(株)社外取締役
■取引銀行
三菱東京UFJ銀行 目黒支店
みずほ銀行 虎ノ門支店
三井住友銀行 日本橋法人営業部
りそな銀行 九段支店

■興和(株)
興和(株)といえば→ブルドックソース(株)の大株主→2011年3月末時点で第3位株主
名古屋ビルデイング(株)※第一銀行系不動産会社
三輪隆康社外取締役
八星篤監査役
・(株)サカタのタネ
八星篤取締役
前田邦彦監査役→元・(株)日宝業務センター代表取締役社長、元・イオンモール(株)社外監査役

※興和の三輪晃裕氏は第一勧銀と帝国ホテルの両方に数年ずつ在籍。

■外部リンク
電子遊技機工業協同組合→ネットゲリラ
日本リスクコントロール→memorandum

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2011年10月21日

オリンパス

オリンパス(株)が物騒な話しになってきたので、ちょっとだけプロファイリング。
本店所在地:東京都渋谷区幡ヶ谷2-43-2
本社は西新宿ですが登記本店はこっちなのでしょう。
幡ヶ谷ではテルモ(株)のご近所です。
※テルモはオリンパスの大株主の1つ

オリンパス--wikiより
社名は、ギリシャ神話の神々が住む山・オリンポス山にちなむ。これは、創業時の社名である高千穂製作所(創業者山下長)の由来である高千穂峰が日本神話において神々が集う山といわれ、それを西洋神話になぞらえた場合オリンポス山にあたることから、顕微鏡などのブランドネームに使用したことに起因する。

■国内オリンパスグループ抜粋
ITX株式会社
東京都東京都港区東新橋1-6-1 日本テレビタワー24F

長野オリンパス株式会社
長野県上伊那郡辰野町伊那富6666
※上伊那郡

オリンパスビジュアルコミュニケーションズ(株)
東京都千代田区三崎町2-9-18 TDCビル14階
理研ビタミンと同じビル

■社外役員
林田康男社外取締役-順天堂大学医学部総合診療科客員教授
来間 紘社外取締役-元(株)日本経済新聞社専務取締役、元(株)日経BP代表取締役副社長、元テレビ愛知(株)代表取締役社長
林 純一社外取締役-元パリバ証券会社債券部長、CSFB不動産証券化業務部ディレクター、ITX社外監査役
島田 誠社外監査役-元日本電産コパル(株)取締役副会長
中村靖夫社外監査役-三菱レイヨン(株)理事/東京技術・情報センター長

■オリンパス公認会計士(H23)-新日本有限責任監査法人

中島康晴 JFEスチール H18,19,22,23
JFE商事ホールディングス H22,23
オービック H20,21
金門製作所 H19,20
アイ・ティー・エックス H22
サマンサタバタリジャパンミテッド H23
大庄 H18
味の素 H18-23
宮沢 琢 キッコーマン H21-23

■日本電産コパル役員
小松克男社外監査役-オリンパス(株)入社、元同社常勤監査役
朝比奈秀夫社外監査役-1960年大蔵省入省、公営企業金融公庫理事、大阪証券金融(株)代表取締役社長、日本万国博覧会記念協会理事、日本電産(株)常勤監査役

■日本電産コパル公認会計士(H23)-京都監査法人

花井裕風 ダイフク H18,19
梶田明裕 ASK PLANNING CENTER H21

■日本電産コパル所在地
※某企業の代表取締役住所ヴィオスガーデン城山と熊野神社の傍

大きな地図で見る

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東郷神社

渋谷区神宮前1−5−3繋がり

東郷神社--wikiより
東郷神社(とうごうじんじゃ)は、日本海海戦でロシアバルチック艦隊を破った元帥海軍大将の東郷平八郎を祭神とする神社である。乃木希典が明治大帝薨去の際に殉死し、乃木神社が創設された後、海軍軍人を中心に建設が計画された。

日本各地に神社が建立されているが、
東京都渋谷区の東郷神社が高名である。

東郷神社 (渋谷区)--wikiより
東郷神社(とうごうじんじゃ)は、東京都渋谷区神宮前一丁目に鎮座する神社。

周辺
隣接する位置に東郷記念館があるが、これは
TBSの関連企業である株式会社東日が経営しているため直接の関係はない。

著名な参拝者
米海軍のチェスター・W・ニミッツ元帥は、東郷を非常に敬愛しており、第二次世界大戦後には東郷の旗艦だった「三笠」保存に尽力。また自著の売り上げを東郷神社に寄付した。東郷神社の社務所には、ニミッツの同神社の再建を祝福する手紙や、「最も偉大な海軍軍人である東郷平八郎元帥の御霊に敬意を捧げる」との直筆メッセージ(※英文)入りの写真が展示されている。

国際連合の事務総長であった
ブトロス・ブトロス=ガーリは、来日した際、東郷神社に必ず参拝していた。

(株)東日→渋谷区神宮前1−5−3

水交社--wikiより
水交社(すいこうしゃ)とは、1876年(明治9年)3月21日に海軍省の外郭団体として創設された日本海軍将校の親睦・研究団体である。名称の由来は『荘子』の「君子之交淡若水」から採用命名された。総裁は海軍将官の現役皇族、社長は現任海軍大臣の兼務であった。

水交社本部ビル
敗戦後の水交社解散後に空家となった本部ビルは米軍関係者のサロンなどに使用された後、フリーメイソンの会員達により購入され日本のフリーメイソンの中核となる「
日本グランド・ロッジ」となった。水交会からは建物の返還を要求する訴訟が起こされたが和解が成立している。現在のビルは建て替えられたものだが、一室には水交社時代の応接室が再現されている。

公益財団法人 水交会渋谷区神宮前1−5−3

■近隣にある法人
セコム(株)→
渋谷区神宮前1−5−1

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2011年10月20日

関門海

(株)関門海

大株主:2010年11月末時点
1位株主:38.34%:(株)ヤタガラスホールディングス
2位株主:08.64%:財務大臣
3位株主:08.13%:サッポロビール(株)

財務大臣は2006年11月末では10位には入っておらず、
2007年11月末で筆頭株主に躍り出る→29.44%保有

とすると大量保有したのは、安倍内閣の尾身幸次大臣か額賀福志郎大臣の時。
株式会社ヤタガラスホールディングスによる当社株式に対する公開買付け
このIRを見ると2007年2月2日付で財務大臣の大量保有があった模様。
ということは、尾身幸次大臣の時ということになる。

■役員/経歴抜粋

代表取締役会長
兼社長
谷間 真 1997年1月-公認会計士谷間真事務所開業
1999年5月-(株)ディー・ブレイン関西代表取締役
2002年7月-(株)ネクストジャパン非常勤取締役
※現(株)ネクストジャパンホールディングス
2004年11月-(株)関門海取締役
2005年7月-(株)ザッパラス取締役
2006年6月-イーディーコントライブ(株)取締役
※現(株)YAMATO
2007年1月-(株)関門海取締役COO兼CFO
2007年4月-(株)関門海代表取締役COO兼CFO
2007年6月-(株)ヤタガラスホールディングス代表取締役
2007年9月-(株)関門海代表取締役会長CEO
2008年7月-(株)関門海代表取締役会長CEO兼社長COO
監査役 玉置和則 1993年4月-(株)すかいらーく経営企画本部課長
1993年10月-(株)聘珍樓社長室兼茶寮事業部長
1995年10月-プライスウォーターハウスコンサルティング(株)リテール部門マネージャー
※現アイ・ビー・エムビジネスコンサルティング サービス(株)
2002年8月-(株)DEAN&DELUCA JAPAN監査役
2004年1月-(株)ヴィア・ホールディングス事業開発プロジェクトリーダー
2004年3月-(株)NBK執行役員
2007年2月-(株)ストロベリーコーンズ取締役副社長
2007年4月-(株)いちごホールディングス取締役社長室長
2007年4月-(株)鎌倉小町取締役副社長

■考察
・ヤタガラスといえば→3つの八咫烏
・すかいらーく人脈絡み

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2011年10月19日

大樹総研 ver1.6

大樹総研(株)

会社法人等番号 0104-01-073282(港区)
0100-01-139038(中央区)
本店 東京都中央区銀座7-2-22 銀座同和ビル 3F
法人履歴 2007年12月10日-S&Y総合経済研究所(株)設立
※港区麻布十番4-6-8
2008年3月1日-港区芝1-14-11 芝明月ビル 2Fに移転
2010年2月3日-大樹総研(株)に商号変更
2010年11月29日-東京都中央区銀座7-2-22 銀座同和ビル 3Fに移転
2013年6月3日-大樹リサーチ&コンサルティング(株)に商号変更
会社目的 1.石油、天然ガス、パームオイル、石炭、鉄鉱石、その他資源材料及び
それらの加工品の輸出入販売
2.前号に関わる売買の仲介並びに売買コンサルタント業務
3.企業の経営及び業務コンサルタント業
4.稀少動物(ワシントン条約に関わるものなど)の動物園へのレンタルや
それに関わるコンサルタント業
5.前各号に付帯する一切の業務

■役員抜粋

代表取締役
設立-2011.1
山口益広 グリーン燃料開発(株)取締役
代表取締役
設立-2011.8
2013.6-
矢島義成 大樹環境システム(株)取締役/元代表取締役(-2013.8)
(有)伊那エレクトロニクス 代表取締役
グリーン燃料開発(株)取締役
代表取締役
2011.1-2013.6
取締役
2009.10-
池田健三郎 日本銀行
シンクネット・センター21 主任研究員
日本政策フロンティア 専務理事
日本再生プログラム推進フォーラム 常務理事
取締役
2009.12-2013.6
北康利 富士銀行
富士証券 投資戦略部長
みずほ証券 財務開発部長、業務企画部長
取締役
2009.12-
白上篤 第一勧業銀行 国際金融部、ロンドン支店次長
みずほコーポレート銀行 欧州日系営業部次長
みずほ証券 財務商品開発部長
日機装(株)医療機器カンパニー企画部長
(株)加ト吉 常務執行役員経営企画部長、国際本部長
森トラストグループ投資銀行副社長
取締役
2011.1-
徳川家広 (財)国際開発高等教育機構(FASID)、
国際連合食糧農業機構(FAO)ローマ本部、
同ベトナム(ハノイ)支部勤務
※父・德川恒孝(徳川恒孝)
(徳川家18代目当主、元日本郵船副社長、徳川記念財団理事長)
取締役
2011.1-
相澤弥一郎 (社)日本青年会議所 会頭
欅興産(有)代表取締役
顧問
特別研究員
北畑隆生 通商産業省大臣官房長、経済産業政策局長
経済産業事務次官(初代)
(株)神戸製鋼所 社外取締役
(財)麻布研修センター 顧問
(財)世界平和研究所 副理事長
参与
特別研究員
大貫啓行 1967年警察庁入庁
内閣官房、外務省、防衛庁への出向
在中国一等書記官(文化大革命直後の政治情報収集)
警視庁外事1課長(ソ連スパイ・レフチェンコ事件を指揮)
内閣情報調査室国際部(中国・ソ連分析 キャップ)
防衛庁調査1課長(ソ連による大韓航空機撃墜事件の事後対応)
秋田県警察本部長
長崎県警察本部長(雲仙普賢岳噴火災害警備を指揮)
警察 大学校特別捜査幹部研修所長
警察庁国際部長(初代国際部長として、阪神淡路大震災、
オウムサリン事件、国松警察庁長官狙撃事件等の危機管理に携わる)
中国管区警察局長
参与
特別研究員
中川剛毅 読売新聞大阪本社社会部
(株)整理回収機構 顧問(広報担当)
参与
特別研究員
篠原文也 日本経済新聞社政治部次長
テレビ東京解説委員(政治コメンテーター)
京都工芸繊維大学特別教授
昭和女子大学客員教授
特別研究員 木原誠二 大蔵省証券局証券業務課、主計局法規課
英国大蔵省出向
国際局課長補佐
岩見沢税務署長
衆議院議員
縄文アソシエイツ コンサルタント
客員研究員 夏野剛 1988年4月-東京ガス(株)入社
2008年6月-セガサミーホールディングス(株)取締役
2008年6月-ぴあ(株)取締役
2008年6月-トランス・コスモス(株)取締役
2008年6月-SBIホールディングス(株)取締役
2008年6月-楽天(株)楽天技術研究所フェロー
2008年12月-(株)ドワンゴ 取締役
2009年9月-グリー(株)取締役
ほか
ハイパーネット取締役副社長。
NTTドコモ:「iモード」立上、執行役員マルチメディアサービス部長
客員研究員 木内孝胤 三菱銀行営業第6部、ロンドン支店
ドイツ証券
UBS証券
メリルリンチ日本証券投資銀行部門マネージング・ディレクター
民主党東京都第9区総支部長、衆議院議員

■関連会社
グリーン燃料(株)
インドネシアグリーン燃料開発(株)
(有)伊那エレクトロニクス(KOA(株)代理店)
(株)アースノート

大樹総研〜wiki ※記事が削除されたようです。
設立
2010年2月、旧
S&Y総合経済研究所を発展・改組して発足。

過去のスタッフ
顧問:
野田佳彦(内閣総理大臣・衆議院議員、旧研究所時代の2008 年2 月から2009 年3 月まで在籍)
顧問:矢島誠(故人、元オメガプロジェクト・ホールディングス代表取締役社長、元伊那エレクトロニクス代表取締役)

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2011年10月18日

日本アイ・ビー・エム・wiki抜粋メモ

日本アイ・ビー・エム

思えばここで出てくるIBM。
大詰めのIXI事件 浮かぶ業界の「無法」(1)
東京リースも入ってますね。

wikiより
2010年3月18日には、東京国税局の税務調査により、国税史上最高規模の4000億円を超える申告漏れが発覚し、三百数十億円の追徴税を課された、との報道がなされた。これは、非上場である日本IBM株を、米IBM、APH、日本IBMの間で循環取引することにより、見かけ上APHに多額の赤字を発生させて連結対象の日本IBMの巨額の利益と相殺することで納税を回避したとされたものだが、日本IBMは、あくまでも法規は遵守していると主張しており、国税不服審判所に審査請求をする意向表明をしている。

略歴より
2003年 - HDD事業(藤沢事業所(工場))を会社分割法により
日立に売却、株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズが発足
2007年 - プリンター事業を会社分割法により
リコーに売却、インフォプリント·ソリューションズ·ジャパン株式会社が発足
2008年 - 100%子会社の日本アイ・ビー・エムロジスティクス株式会社(JBL)の全株を
安田倉庫株式会社に売却、同社は安田倉庫の連結子会社として日本ビジネスロジスティクス株式会社に改名

訴訟より
2007年2月、ソフト開発会社の
デジタルデザイン社が、日本IBMおよびネットマークス社に対し、12億円の損害賠償請求訴訟を起こしたが、2008年7月には和解が成立した。

2007年3月、
東京リース株式会社が、販売代金153億4100万円の債務履行と遅延利息の支払いを求め、日本IBMなど4社を東京地裁に提訴。

2007年4月、
ソースネクスト社が、日本IBMに対し、ホームページ・ビルダーのライセンス供与に関して契約違反として提訴した。2007年には日本IBMが、ソースネクストに対し、損害賠償請求反訴を起こした。これらは2008年7月に一部和解が成立した。

2007年5月、元社員らが2002年発表の株式会社
日立グローバルストレージテクノロジーズ設立時の会社分割による強制移籍に関して地位確認などを求めた訴訟で、横浜地裁が元社員らの請求を棄却した。

その他より
2007年2月、 株式会社
アイ・エックス・アイの架空循環取引による粉飾決算に関して、大阪地検特捜部の強制捜査を受ける

2010年3月、ニイウス コー株式会社の粉飾決算事件に関して、証券取引等監視委員会の強制調査を受ける同月末には、同社の社員が循環取引に関与していたことが判明したとの報道がなされた

2010年7月12日から13日にかけて
日本郵政グループゆうちょ銀行の郵便貯金システムにおいて発生した民営化後最大のシステム障害は、IBM製磁気ディスク装置の制御プログラムのバグによる(正確にはHDDの欠陥と呼ぶのは不適切)ものとして、ゆうちょ銀がIBMへの損害賠償請求を検討中と報道される

2010年10月、
神奈川県警のシステム開発に関する2003年の議事録が、インターネットに流出していることが発覚した。県警は、システム開発を委託した日本IBMの下請社員がP2Pソフトウェアで漏洩させたとして、日本IBMに削除の対応を要請したと報道される

日本IBM箱崎事業所(wiki)
ビルの建築設計は竹中工務店で、ビルの持ち主は三井倉庫である。

■注
APH=アイ・ビー・エム・エー・ピー・ホールディングス

■つぶやき
日本アイ・ビー・エム人脈の動きを軸に考えることが肝要。

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2011年10月16日

四大監査法人

Big4と4大監査法人

アーンスト・アンド・ヤング 25pxuk ロンドンを本拠地 新日本有限責任監査法人
プライスウォーターハウスクーパース 25pxuk ロンドンを本拠地 あらた監査法人
KPMG 25pxnetherlands オランダを本部 有限責任あずさ監査法人
デロイト トウシュ トーマツ 25pxusa ロンドンを発祥地とし、
現在の本部はニューヨーク
有限責任監査法人トーマツ

■つぶやき
ロンドン・シティ勢力強しでしょうか。
太陽ASGは太陽=サンのキーワード。

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2011年10月14日

宝くじ活性化検討会・まとめ用随時更新記事

■宝くじ活性化検討会

2011年10月13日
10時00分-12時00分
総務省7階省議室
第1回会合 資料1 PDF「宝くじ活性化検討会」開催要綱
資料2 PDF 説明資料(総務省自治財政局)
資料3 PDF 参考資料(総務省自治財政局)
資料4 PDF 参照条文等(総務省自治財政局)
議事概要PDF
2011年10月24日
16時00分-18時00分
総務省10階 共用会議室2
第2回会合 資料1PDF 全国自治宝くじ事務協議会事務局説明資料
資料2PDF 株式会社みずほ銀行説明資料
資料3PDF 日本中央競馬会説明資料
資料4PDF 幸重委員説明資料
議事概要PDF
2011年11月2日
16時00分~18時00分
総務省10階 第1会議室
第3回会合 資料1PDF 社団法人東京宝くじ協会説明資料
資料2PDF 社団法人全国競輪施行者協議会説明資料
資料3PDF 文部科学省説明資料
資料4PDF 株式会社ローソン説明資料
議事概要PDF
2011年11月14日
13時00分~15時00分
総務省8階 第一特別会議室
第4回会合 資料1PDF 宝くじ活性化検討会の議論の整理(未定稿)
議事概要PDF
2011年11月21日
13時00分~15時00分
総務省8階 共用801会議室
第5回会合 資料1PDF 宝くじ活性化検討会の議論の整理(未定稿)
議事概要PDF
2011年12月2日
13時00分~15時00分
総務省10階 総務省第1会議室
第6回会合 資料1PDF 宝くじ活性化検討会の議論の整理(未定稿)
議事概要PDF
2011年12月9日
午前11時00分~11時45分
総務省7階 省議室
第7回会合 議事概要PDF 
宝くじ活性化検討会報告書 宝くじ活性化検討会報告書
宝くじ活性化検討会報告書のポイント
宝くじ活性化検討会報告書参考資料

■総務省担当
自治財政局地方債課:赤岩理事官、前田係長

■関係報道など

2011年10月13日 ネット販売全面解禁へ検討会=宝くじの売り上げ回復目指し―総務省

■考察
システムは日本ユニシスに発注の出来レースなんじゃ?

その理由は→「宝くじ活性化検討会」の開催

宝くじの公正さを保証、担保する統括責任団体がない限り、今後の売上減少は食い止められないでしょうね。
ましてや、日本経済史最悪の大手金融経済事件の逮捕者が役員に入っているようなグループが、ずっと大きなシェアを占めているんですからね。
その不透明さたるや、尋常ではありません。

■参考記事
利益供与事件関係者名がハーデス・グループに見受けられる件


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横浜ベイスターズ

横浜ベイスターズ--wiki
元は林兼商店(後の大洋漁業、現・マルハニチロ水産)の実業団チーム。

2002年
1月26日に親会社(筆頭株主)がマルハからニッポン放送に変更する予定だったが、当時ニッポン放送の関連会社だったフジテレビがヤクルト球団株を20%強保有していたため、一転してTBS(東京放送)への移行がプロ野球オーナー会議で承認され、球団オーナーが当時のTBS社長砂原幸雄となった(詳細は筆頭株主交代の節を参照)。TBSがスポーツ団体の経営をするのは国際プロレス以来である。これに際し、1978年以降ニッポン放送に独占中継権を押さえられていたため喪失していたTBSラジオの中継権が復活。

2010年
9月30日、TBSHDが保有している横浜ベイスターズの株式を住生活グループとの間で売却交渉を進めている旨がメディアで報じられ、10月5日になって住生活グループ幹部がTBSHDとの交渉の事実を認めた。球団も10月4日に若林オーナー(東京放送副社長)が交渉に関し“大筋で合意しており10月中に正式決定”とコメントしていたが、実際の交渉は難航。結局10月下旬、TBSHDは
住生活グループとの交渉を打ち切り、同月27日TBSHDが2011年度も球団を保有することを発表するに至った。

■メモ
(株)マルハニチロホールディングス筆頭株主→大東通商株式会社

中部慶次郎氏--wiki
中部 慶次郎(なかべ けいじろう、1933年2月23日 - 2007年9月17日)は、日本の実業家。マルハ(現・マルハニチロ水産)元会長、プロ野球球団・横浜ベイスターズ元オーナー。山口県下関市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。

来歴・人物
林兼商店(1943年に大洋漁業に改称)常務だった中部謙吉の四男として出生。祖父はマルハの礎を築いた中部幾次郎。長兄の中部新次郎は横浜大洋ホエールズオーナー、次兄の中部謙次郎は幾徳学園理事長、三兄の中部藤次郎は大洋漁業社長をそれぞれ務めた。末弟の
中部謙はマルハ常務を経て、マルハニチロホールディングス副社長を務めた。

大学卒業後の1955年、父・謙吉が社長を務める大洋漁業に入社。1963年大東通商常務取締役、1976年大東通商代表取締役社長。1987年兄・藤次郎の社長在職中死去を受け大洋漁業代表取締役副社長に就任、1989年大洋漁業代表取締役社長に就任。1993年には社名をマルハと改名した。

また、1990年3月からは横浜大洋ホエールズのオーナーに就任。1992年11月からは地域密着を深め、独立採算制を進めるため球団名から企業名を外し、横浜ベイスターズにチーム名を変更。ベイスターズとしての初代オーナーとなったが、2002年親会社のマルハの業績不振のため、持っていた球団株を全て東京放送(TBS、現・東京放送ホールディングス)、BS-i(現・BS-TBS)に譲渡し、球団を手放すことになった。

■人脈考察
A)マルハニチロホールディングス→光陽ホールディングス・アドバイザリーボードメンバー→一柳アソシエイツ
B)マルハニチロホールディングス→坂口正泰常任監査役→DKB関連会社分析〜第一勧銀オフィスサービス
C)住生活グループ→ニッタン→飯能ゴルフ倶楽部日本化成
D)住生活グループ業務執行社員→白山絡み

■参考記事
初代宝くじ部長=大洋漁業(株)常任監査役

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2011年10月13日

「宝くじ活性化検討会」の開催

「宝くじ活性化検討会」の開催

■主な検討課題
(1)消費者の利便性の向上及び販売方法の効率化(インターネット販売、
コンビニエンスストア販売のあり方等)
(2)受託業務の競争性の確保(
受託金融機関のあり方等)
(3)宝くじの魅力の向上(当せん金倍率のあり方等)

■スケジュール
平成23 年
10 月13 日(木)に第1回会合を開催

■連絡先
自治財政局地方債課
担当:赤岩理事官、前田係長

宝くじ活性化検討会構成員

大森彌(座長):東京大学名誉教授
地域活性化センター全国地域リーダー養成塾塾長
鎌田司:共同通信社編集委員兼論説委員
小西砂千夫:関西学院大学大学院経済学研究科教授
木幡美子:株式会社フジテレビジョンCSR推進室副部長
須藤修:東京大学大学院情報学環教授
高橋遠:東京急行電鉄株式会社専務取締役
武市敬:
東京都財務局主計部長→全国自治宝くじ事務協議会事務局長
田中里沙:「宣伝会議」取締役編集室長
玉田敏郎:神戸市行財政局長
野原佐和子:株式会社イプシ・マーケティング研究所代表取締役社長
溝上宏:株式会社ぐるなび取締役執行役員
幸重孝典:全日本空輸株式会社上席執行役員IT推進室長
ユニシス研究会会長

■コメント
うちでも同名のカテゴリーを作り、経過を追っていくことにします。

武市敬氏→財団法人自治体国際化協会理事(麹町1-7)=都市綜研インベストバンク(株)所在地ビル
自治体国際化協会→成田浩理事(常勤)

幸重孝典ユニシス研究会会長がおられますし、totoに次いで日本ユニシスに引っ張られるんじゃなかろうか?
下の外部記事によるとユニシス研究会の全国フォーラム2011が本日(10月13日)になってますが……、受注内定祝い?
日本ユニシス→三井物産……。
フジ・メディア・ホールディングス監査役=キッコーマン会長……。

(株)ぐるなびの中島邦雄取締役→1968年通産省入省組
1968年通産省入省組といえば一柳良雄氏→岩谷産業からのコネクション参照

通産省OBと経済同友会の大勝利になれば、元の木阿弥ですね。

■外部記事
神戸市役所は泥棒の温床? 全庁で不正経理

ユニシス研究会 (日本ユニシスグループのユーザー団体)10月13日、神戸市内ホテルにて「全国フォーラム2011」を開催
→記念講演: 「日本の直面する課題と進路」 財団法人日本総合研究所 理事長 寺島実郎

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2011年10月12日

サンシティ

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2011年10月11日

アジア刑政財団 ver2.2

(公財)アジア刑政財団
本部:東京都港区赤坂3-11-14 赤坂ベルゴ豊栄ビル 1007号

1982年2月17日-法人成立

■役員抜粋

会長顧問
創立者
敷田稔 1956年4月-神戸地方検察庁検事任官
1993年7月-名古屋高等検察庁検事長
1995年2月-名古屋高等検察庁検事長退官
1995年2月-(財)アジア刑政財団理事長
1995年3月-弁護士登録
1995年3月-(株)熊谷組 常勤顧問
1996年5月-国際検察官協会 副会長
1996年5月-ジャスコ(株)監査役
1999年12月-KOBE証券(株)監査役※現 インヴァスト証券(株)
2000年6月-ダイコク電機 監査役
2001年6月-(株)熊谷組 監査役
2007年4月-アセット・マネジャーズ(株)顧問
ほか
元(株)北海道銀行 監査役(-2001.6)
アムス・インターナショナル(株)監査役(-2011.8)
(株)松田平田設計 監査役
日本協会 顧問→パレロワイヤル永田町
会長
代表理事
堺屋太一
本名:
池口小太郎
作家・経済評論家
1960年4月-通産省入省
1998年7月-国務大臣経済企画庁長官
2000年12月-内閣特別顧問
2001年4月-(株)大阪証券取引所 取締役
2002年4月-東京大学先端科学技術研究センター 教授
2004年4月-早稲田大学大学院ファイナンス研究科 教授
2006年4月-早稲田大学 特命教授
2009年6月-富士ソフト(株)取締役
ほか
(公財)稲盛財団 評議員
(公財)イオン環境財団 評議員
(NPO)防災情報機構 顧問
沖縄新世代経営者塾 顧問
理事長
代表理事
日野正晴 1959年4月-司法修習生
1961年4月-大阪地方検察庁検事
1978年3月-法務省入国管理局審判課長
1980年4月-東京地方検察庁総務部副部長
1981年3月-東京地方検察庁公判部副部長
1981年5月-国際連合 アジア極東犯罪防止研修所 次長
1984年3月-国際連合 アジア極東犯罪防止研修所 所長
1986年9月-法務大臣官房審議官(刑事局担当)
1988年4月-最高検察庁(刑事部)検事
1989年6月-盛岡地方検察庁検事正
1990年8月-最高検察庁(公安部)検事
1993年7月-最高検察庁公安部長
1994年11月-法務総合研究所長
1996年6月-仙台高等検察庁検事長
1997年2月-名古屋高等検察庁検事長
1998年6月-金融監督庁長官
2001年1月-退官・金融庁顧問
2001年2月-第一東京弁護士会登録
2004年7月-日本証券業協会 公益理事
2005年6月-(株)セブン銀行 監査役
2006年6月-(株)ジャスダック証券取引所 社外監査役
2006年7月-同社・社外取締役
2006年9月-(株)かんぽ生命保険 取締役
2006年12月-全国保証(株)監査役
2008年6月-(株)フジタ 取締役
2008年6月-(株)カーチスホールディングス 監査役
2008年12月-(株)カーチス 監査役
ほか
元(財)国土育英会 評議員
(株)松田平田設計 監査役
副理事長 松尾邦弘 1968年4月-東京地方検察庁検事
1980年6月-在ドイツ日本国大使館一等書記官、参事官
1989年9月-法務省刑事局刑事課長
1992年9月-法務大臣官房人事課長
1996年1月-松山地方検察庁検事正
1996年12月-東京地方検察庁次席検事
1998年4月-最高検察庁検事
1998年6月-法務省刑事局
1999年12月-法務事務次官
2002年1月-最高検察庁次長検事
2003年6月-住商リース(株)監査役
2003年9月-東京高等検察庁検事長
2004年6月-検事総長
2006年9月-弁護士登録(第一東京弁護士会)
2006年11月-松尾邦弘法律事務所開設
2007年3月-旭硝子(株)社外取締役
2007年6月-トヨタ自動車(株)社外監査役
2008年6月-(株)損害保険ジャパン 社外監査役
2008年6月-三井物産(株)社外監査役
2009年6月-(株)小松製作所 社外監査役
2009年6月-(株)東京証券取引所グループ 社外取締役
2011年6月-ブラザー工業(株)監査役
副理事長 樋渡利秋 弁護士
元検事総長
理事
事務局長
堀内国宏 弁護士(堀内総合法律事務所)→赤坂ベルゴ豊栄ビル 1008
(株)建設技術研究所 監査役
元最高検察庁検事
国際連合 アジア極東犯罪防止研修所 所長
ご近所シリーズ38参照
理事 磯崎信 (株)ユニカ 最高顧問
【政治団体】達山会【亀岡偉民】参照
理事 太田達也 慶應義塾大学法学部 教授
理事 栢森新治 ダイコク電機(株)相談役
理事 川路耕一 光陽ホールディングス(株)代表取締役会長兼CEO
理事 絹谷幸二 日本芸術院会員
東京芸術大学名誉教授
理事 髙琫鉉 高山商事(株)取締役会長
理事 杉原弘泰 弁護士(杉原法律事務所)
(公財)イオン環境財団 監事
元大阪高等検察庁検事長
元国連アジア極東犯罪防止研修所所長
王子ホールディングス(株)監査役(2006.6-2014.6)
元 イオン(株)監査役
元 イオンクレジットサービス(株)監査役
理事 鈴木仁 保護司
日本PCA教育振興会 会長
宇都宮サッシュ工業(株)代表取締役会長
理事 鈴木實 五十鈴グループ 代表取締役会長
理事 前田宏 弁護士
元検事総長
理事 宮川俊彦 教育評論家
(財)国語作文教育研究所所長
理事 安田隆夫 (株)ドン・キホーテ 代表取締役会長兼CEO
(株)長崎屋 取締役会長
(財)安田奨学財団 理事長
理事 横山佳夫 人権擁護委員・保護司
セコム(株)顧問
元理事 小野金夫 タイホウグループ 社主
元理事 数原孝憲 元アイルランド特命全権大使
監事 北村浩志 税理士(新橋税理士合同事務所 所長)
元麹町税務署
元監事 品田浩子 (株)オフィス・アトランダム代表取締役社長
評議員 堤哲 元(株)毎日新聞社 紙面審査委員長
元評議員 林覚乗 南蔵院住職
篤志面接委員
(一社)全国経営者団体連合会 スペシャルアドバイザー
宝くじで1.3億円当せんの強運住職 高額当せんは30回以上参照
会長顧問 河内悠紀 1966年4月-東京地方検察庁検事
1967年3月-大分地方検察庁検事
1969年8月-東京地方検察庁検事
1971年8月-徳島地方検察庁検事
1975年3月-横浜地方検察庁検事
1977年3月-東京地方検察庁検事
1982年3月-法務総合研究所研究官・法務総合研究所研究第二部室長研究官
1985年3月-東京地方検察庁検事
1987年3月-横浜地方検察庁刑事部長
1989年3月-東京高等検察庁検事
1989年8月-東京地方検察庁交通部長
1990年8月-東京地方検察庁刑事部長
1991年12月-東京高等検察庁刑事部長
1992年12月-最高検察庁検事
1993年9月-盛岡地方検察庁検事正
1994年11月-公安調査庁次長
1997年4月-京都地方検察庁検事正
1998年7月-法務総合研究所長
1999年12月-仙台高等検察庁検事長
2001年11月-名古屋高等検察庁検事長
2002年6月-大阪高等検察庁検事長
2003年3月-弁護士登録(第一東京弁護士会)
2003年6月-(株)住友倉庫 監査役
会長顧問 頃安健司 1967年3月-東京地方検察庁検事
1970年7月-宇都宮地方検察庁検事
1972年8月-東京地方検察庁検事
1978年3月-札幌地方検察庁検事
1980年3月-東京地方検察庁検事
1988年4月-法務省刑事局公安課長
1990年4月-法務大臣官房秘書課長
1993年4月-最高検察庁検事
1993年12月-大津地方検察庁検事正
1995年7月-最高検察庁検事
1996年1月-法務大臣官房長
1997年12月-最高検察庁総務部長
1999年4月-最高検察庁刑事部長兼最高検察庁総務部長
1999年12月-法務総合研究所長
2001年5月-札幌高等検察庁検事長
2002年6月-名古屋高等検察庁検事長
2003年2月-大阪高等検察庁検事長
2004年7月-弁護士登録(第一東京弁護士会)
2004年7月-東京永和法律事務所客員弁護士
2004年8月-(株)ベルシステム24 取締役
2005年3月-(株)平和 監査役
2005年6月-東海旅客鉄道(株)取締役
2008年4月-三井住友海上グループホールディングス(株)取締役
2008年7月-東京永和法律事務所の解散に伴い、TMI総合法律事務所顧問
2010年6月-古河電気工業(株)監査役
会長顧問
評議員
原田明夫 1965年4月-東京地方検察庁検事
1975年7月-在米国日本国大使館一等書記官
1988年4月-法務大臣官房人事課長
1992年4月-盛岡地方検察庁検事正
1993年12月-法務大臣官房長
1996年1月-法務省刑事局長
1998年6月-法務事務次官
1999年12月-東京高等検察庁検事長
2001年7月-検事総長
2004年10月-弁護士登録
2005年5月-(財)国際民事商法センター 理事長
2005年6月-(株)資生堂 監査役
2005年6月-セイコーホールディングス(株)取締役
2005年6月-住友商事(株)監査役
2005年7月-学校法人東京女子大学 理事長
2007年11月-(財)日本刑事政策研究会 理事長
2009年10月-日本郵政(株)取締役
2009年10月-(株)企業再生支援機構 監査役
2011年1月-同社 取締役
2013年6月-住友商事(株)取締役
2013年10月-原子力損害賠償支援機構 運営委員長
2014年3月-山崎製パン(株)取締役
2014年8月-原子力損害補償・廃炉等支援機構 運営委員長
2017年4月6日-ご逝去(77歳)
ほか
弁護士法人弘中総合法律事務所 特別顧問

■参考記事
ライオンと石井食品の人脈コネクション~その3

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透明部材とその製造方法

【公開番号】    特許公開平7-186189
【公開日】    平成7年(1995)7月25日
【発明の名称】    透明部材とその製造方法

【出願番号】    特許出願平5-330768
【出願日】    平成5年(1993)12月27日
【出願人】   
【識別番号】    000005108
【氏名又は名称】    株式会社日立製作所
【住所又は居所】    東京都千代田区神田駿河台四丁目6番地
【出願人】   
【識別番号】    000116231
【氏名又は名称】    ワシ興産株式会社
【住所又は居所】    東京都中央区日本橋堀留町1丁目5番7号 ユービル7階
【発明者】   
【氏名】    小野 雅彦
【住所又は居所】    茨城県土浦市神立町502番地 株式会社日立製作所機械研究所内
【発明者】   
【氏名】    遠藤 喜重
【住所又は居所】    茨城県土浦市神立町502番地 株式会社日立製作所機械研究所内
【発明者】   
【氏名】    影井 和憲
【住所又は居所】    福井県福井市日之出五丁目3番23号 株式会社アサヒオプティカル
【発明者】   
【氏名】    角田 憲治
【住所又は居所】    栃木県下都賀郡野木町野木122-19

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2011年10月10日

赤坂みすじ通り

暗い紫色は過去所在地

Asia

■メモ
進商事(株)
1976年6月30日設立
1998年10月1日-港区六本木7-14-7に移転

(財)アジア刑政財団
1982年2月17日設立

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FAMOSO

FAMOSO--wikiより
『FAMOSO』(ファモーソ)は、ネコ・パブリッシングから不定期に発行されている日本の写真雑誌。雑誌名のFAMOSOはイタリア語で「有名な」の意味。

編集長はビートたけし、副編集長は
所ジョージ

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グリコ森永事件時の森永製菓の株主など

1985年時の森永製菓。
現在に至っても未だに色んな企業に類似点があるのが興味深いところです。

■大株主
星製薬跡地TOCビルのサンリオがあります。

Morinagakabunusi_5

■当時の子会社
サンライズという名前がポイント。

Sunrisemorinaga_2

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2011年10月 8日

検証:長崎屋

長崎屋を起点にコネクションを検証していくシリーズのまとめ用記事(随時更新)

被検証記事 資料 備考
国会質疑:長崎屋・小野グループ 陽光エステート 同住所の会社
(株)陽光ビルメンテナンス
(株)九段エステート
サンクスアンドアソシエイツ(港区芝)
国会質疑:キョウデンエリアネット 長崎屋人脈

■考察
キーワードとして浮かんでくるのは
1)第一勧業銀行津支店長
2)日宝販関係者
3)第一勧業銀行六本木支店ビル

■参考記事
ハーデス・グループ役員の構成成分〜その1
ハーデス・グループ役員の構成成分〜その2
みずほ銀行六本木支店の土地登記

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陽光エステート

(株)陽光エステート

会社法人等番号 031746
本店 東京都千代田区九段北1-8-2
会社成立の年月日 1994年5月31日
株主総会決議による解散 2007年7月2日
移記 1999年5月20日

■役員抜粋

代表取締役 仲田禮三(礼三)
1997年6月重任-2000年2月
守随ビルディング参照
代表取締役
清算人
横川久
1997年6月重任-清算
未詳-(株)九段エステート取締役
未詳-(株)陽光ビルメンテナンス取締役
1997年12月-(株)九段エステート代表取締役
2000年2月-(株)陽光ビルメンテナンス代表取締役
取締役 黒水洋公
2001年6月-2002年6月
2000年6月-勧業不動産(株)取締役
2001年6月-(株)九段エステート取締役
2001年6月-(株)陽光ビルメンテナンス取締役
2009年5月-(株)京都南ゴルフガーデン取締役

■国会で問題に
国会質疑:長崎屋・小野グループで登場します。

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サンクスアンドアソシエイツ(港区芝) ver1.5

(株)サンクスアンドアソシエイツ

会社法人等番号 0104-01-011127
本店 東京都港区芝2-28-8
会社成立の年月日 1980年7月23日
移転履歴 2004年1月13日-江東区塩浜2-20-1に本店移転
移記 1997年9月4日

■役員抜粋

役職 氏名/任期 経歴抜粋
代表取締役
1997.5重任
-2001.5
橘髙隆哉 1968年9月-(株)長崎屋 入社
1974年7月-(株)ブラジル長崎屋 代表取締役社長
1980年7月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 代表取締役社長
1985年4月-同社 代表取締役専務
1985年5月-(株)長崎屋 退職
1992年5月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 代表取締役副社長
1998年12月-サークルケイ・ジャパン(株)顧問
1999年6月-同社 取締役
2001年7月-同社 代表取締役会長
2004年5月-同社 取締役相談役
■その他
プリモ・ジャパン(株)取締役 ※旧・スピードグループ
(株)ヒロクリエイト 取締役
■人脈
白石伸生氏-(株)シーマなど

ご近所シリーズ44参照
代表取締役
1997.5重任
-1999.5
田畑瑞穂
代表取締役
2000.5
-2003.5
岡部和輝
代表取締役
2003.5-
夫馬泰彦 1970年4月-名古屋トヨペット(株)入社
1970年9月-(株)ユニー 入社
1983年3月-同社サークルK・ジャパン事業部経理管理担当主査
1994年6月-サークルケイ・ジャパン(株)取締役
2003年2月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 顧問
2003年5月-同社 代表取締役社長
2004年5月-サークルケイ・ジャパン(株)代表取締役専務
2004年9月-サンクス事業本部長
取締役
1997.5重任
-1999.5
小野光太郎 小野グループ
取締役
1997.5重任 -
滝田貞男
瀧田貞男
1965年4月-(株)日本勧業銀行 入行
1984年1月-(株)第一勧業銀行 徳島支店長
1988年12月-同行 御徒町支店長
1991年5月-同行 横山支店長
1994年5月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 顧問
1994年5月-同社 専務取締役
1996年7月-(株)第一勧業銀行 退職
1998年3月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 専務取締役
企画部兼事業開発部管掌
2004年5月-サークルケイ・ジャパン(株)常務取締役
2004年9月-同社 企画推進室兼関係会社管理室室長
取締役
1997.5重任
-1999.5
小野稔 小野グループ
取締役
1997.5
-1998.12
千村恒人 サンレジャーと第一勧銀人脈参照

■サンクスといえば
国会質疑:長崎屋・小野グループ

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2011年10月 7日

国会質疑:長崎屋・小野グループ

154 - 参 - 財政金融委員会 - 2号 2002年02月01日

大門実紀史君 今日は、もう時間もわずかしかありませんので、ここにその元資料全部ありますけれども、お手元に配ったのは私のお話しする要点のメモといいますか、チャート図と、ほんの一部の資料です。裏付け資料は全部ここに用意していますけれども。そういう点で、そういうことでお聞き願いたいと思います。
 まず三つほど、もっとあるんですけれども、三つほどこんなことが許されていいのかということがありますが、時間の関係で先に三つとも、ちょっと長くなりますけれども、説明をさせていただきたいと思います。
 資料1ですけれども、これは何なのかといいますと、
長崎屋の中に不動産業務部門として長崎屋エステートという会社、そして陽光エステートという会社があります。ここには、各テナントの皆さんが各店舗に、長崎屋の店に賃借料を納めるわけですが、それを集めていくという仕組みになっています。
 まず第一点の問題は、テナントの皆さんは払うわけですけれども、長崎屋が、テナントの皆さんからもらったよりも過払い、過剰にこの両エステートにお金を払っている。これは裏付け資料がありますけれども、細かいこと、あと抜きますけれども、要するに今分かっているだけで、私が調べて分かっているだけで
年間約五十億円余分に払う仕組みになっています。
 例えば、新潟にあります
聖籠長崎屋の例で分かりやすく言いますと、あそこは四千七百坪あるんですけれども、四千坪、そのうちの四千坪ぐらいがテナントの部分なんですが、一坪当たりテナントの皆さんは七千円払っているんですね、七千円払っているんです。ところが、長崎屋はこのエステートに一万円払うんです。何で払わなきゃいけないのかってありますけれども、とにかく過剰に払うんです、過払いするんです。長崎屋そのものがもう第一勧銀の管理下にありますから、これは第一勧銀の判断私はあると思いますが、過払いさせると。この二つのエステートから第一勧銀が支払利息という形でそのお金を吸い上げると、これは事実資料ありますが、そういう仕組みになっています。
 
特にこの陽光エステートという会社は非常に不思議な会社で、これは九段にあるんですけれども、私見てまいりました。これはペーパーカンパニーです。三つの子会社書いてありますけれども、これもペーパーカンパニーです。驚きました。ポスト一つに、この三つの子会社はポスト一つなんです。この四つの会社は、たった一つのビルの一室です。ペーパーカンパニーを作ってやっているんです。この陽光エステートというのは、第一勧銀が長崎屋を事実上自分たちの管理下に置いてからわざわざ作られて、しかも不思議なことに、作られた当初から第一勧銀から百六十七億金を借りているという形になっている、こういう仕組みがわかりました。
 これは要するに何が問題かといいますと、長崎屋にとってはもらっていないものまで余分に払う、これは背任の疑いさえあるんですね。長崎屋に損失を与えているわけですから。これをだれがやらせたのかというのが問題ですけれども、私は第一勧銀にほぼ間違いないというふうな疑惑を抱いております。
 そういう形で長崎屋を、事実上自分の管理下にある長崎屋を使って資金回収をすると。これにはいろんな不思議な事実がありますけれども、何で過払いするのかと。これは営業支援だと、子会社の営業支援という形になっていますが、
この子会社だけが黒字なんですよ長崎屋エステートなんというのが。長崎屋グループで唯一黒字なんだけれども、そこに営業支援するという名目で金を出させて吸い上げているという問題が一つです。
 もう時間の関係で二つ目の問題を申し上げますけれども、資料の三ですね。これは大変大きな問題だと思いますが、コンビニエンスストアの
サンクス、これはもう有名なコンビニですけれども、これ調べてみましたら非常に不思議な取引になっております。
 このサンクスは長崎屋の子会社であったわけですけれども、九四年二月に長崎屋が福井市にあります
小野グループというところに百八億円で売却をしています。それが九八年十月にサークルケイ、いわゆるKマートですね、Kマートに三百七十億円で売却されているんです。これだけ見れば、ただ売っただけということですが、実はこの小野グループというのは、元々スチール製造とかの福井市の中小企業なんですが、どういうわけか今は第一勧銀が投資をして企業売買、企業の買収をやっている会社です。つまり、長崎屋は非常に安く、百八億円という安い値段で小野グループに売ると。
 このサンクスというのは、当時でも業界七番目の売上げがあった、一千六百億ぐらいあったコンビニなんです。百八億で売ること自体、非常におかしいと言われていたんですけれども、とにかく安く売った。それをサークルケイに転売して、二百六十二億の収益を小野グループに入る。小野グループそのものはお金を持っていませんから、第一勧銀の資金で売買やっていますから、その見返りが第一勧銀に入るという仕組みです。これも私は非常に背任の疑いがある事例だというふうに思います。
 何よりも問題なのは、三つ目の話ですが、これは資料の四です。これは謄本だけ用意いたしましたけれども、これは国民の税金が、国民負担が絡む問題ですので特に重要だと思いますけれども。長崎屋の、まあ謄本だけ見ると何のことかってありますが、要するに長崎屋の倒産の三日前に、当時国有銀行であった長銀に長崎屋から五十三億円の債権が譲渡されています。この三日前というのは、先ほど申し上げましたとおり、倒産したのが二〇〇〇年の二月の十三日ですから、二月十日のことなんですけれども、倒産三日前に長崎屋が五十三億円もの債権を当時国有化段階にあった長銀に譲渡したということです。
 この二月十日というのは何の日かといいますと、これは非常に意味のある日でして、次の謄本の後ろに付けてありますけれども、預金保険機構に対して長銀がいわゆる損失補てんといいますか、特例資金援助、要するに国民負担でお願いする、その申請日なんですね。申込日なんです。つまりこの二月十日、つまり、国民負担で長銀が処理してもらえるのに駆け込み的に長崎屋は長銀にこの不良債権、恐らくもう間違いなく不良債権でありますけれども、譲渡したということなんです。
 なぜ不良債権というのが明らかかといいますと、この登記簿謄本見てもらって分かるとおり、これはちょっと専門的になりますけれども、債権譲渡特例法というのが御存じのとおりございまして、これは、不良債権をできるだけ手続を簡素化して、あるいはバルクセールをやるために、大量に処理するために、登記さえすれば移せるというのがこの特例法なんですけれども、これを使っているんですね。これを使っているということは、すなわち不良債権を処理するための仕組みを使っているからこれは不良債権に間違いないんです。長崎屋は自らの、実質的に言えば第一勧銀は、自らの不良債権をこの長銀の特例資金援助に間に合わせるように駆け込み的にこの日に間に合わせて譲渡したと、これは資料から明らかなわけであります。
 時間の関係で一つ一つ聞かないで一遍に申し上げましたけれども、初めて大臣もお聞きになるということになると思いますが、私、これ非常に重要な問題を抱えているというふうに思います。特に長銀の問題含めて、この経過について金融庁として第一勧銀、少なくとも、調査の前の段階で結構ですが、第一勧銀を呼ばれて事情を聞かれるべきではありませんか。大臣。

○副大臣(
村田吉隆君) いや、私からまずそれじゃお答えいたします。
 ただいま大門委員からの御指摘の件でございますけれども、資料によりまして御説明をいただきましてありがとうございました。しかしながら、御説明、御質問のあった件につきましては個別の銀行の個別の取引にかかわることでありますので、答弁は差し控えさせていただきたいと思います。
 それから、最後の点でございますけれども、一般論として申し上げますれば、特例資金援助額につきましてそうした決定があって、その後に弁済とか保全がある場合には調整がされると、こういうことになっているということをお答え申し上げたいと思います。

大門実紀史君 私は具体例でお聞きしているんですけれども、一般論を聞いているんじゃないんです。大臣、どうですか。これは公的資金を約一兆円も受けている銀行ですし、非常に長崎屋といいますか、実質的に勧銀が入っているわけですが、長崎屋自身で言えば背任の疑いもあると。これは監督責任あるんじゃないんですか、これ、当然。大臣の考えをお聞きしているんです。座っていてください。もう時間ありませんから、大臣、最後お答えください。

○国務大臣(
柳澤伯夫君) 極めて具体的な話を聞かせていただきました。ただ、個別の取引について我々が一々コメントをするということはやはりいろんな差し支えもありますので、これは控えさせていただいておりますが、いずれにしましても、私どもは、銀行につきましては、業務の適切性に疑義が生じた場合には、必要に応じてまず二十四条の報告を徴して、それからもし更に改善すべき点があれば改善させる等々、それにまず引き続く手続も規定されておりますので、仮にそういうようなことがあればそういう対処を適切にいたしたいと、このように考えています。

大門実紀史君 報告を是非お願いしたいと思いますし、資料ここにありますから、担当官私の部屋へよこしてください。全部お見せしますし、調査する必要のある事例だというふうに申し上げておきたいと思います。
 マスコミも動いておりますので、もうBSEにしろ外交機密費にしろ、マスコミで取り上げられてから動くのが今までの政府でしょう。これだけは主体的にやったらどうですか。是非このことをお願いして私の質問を終わります。

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2011年10月 6日

大江戸温泉物語 浦安万華郷

大江戸温泉物語 浦安万華郷--wikiより

沿革
・2004年 - 松野八郎建築設計事務所・日宝工業・福田組の3社が中心となって、事業主体として、ケイマン諸島法人の特定目的会社(SPC)・有限会社浦安温泉物語を設立し、温泉施設を計画。
・2005年3月3日 - 運営会社として株式会社湯巡り万華郷を設立。
・2006年2月25日 - 株式会社湯巡り万華郷が、「湯巡り万華郷」を開業。
・2007年7月 - 経営改善を目的として、出資者であった株式会社福田組が、株式取得して子会社化。
・2008年 - 施設管理会社の有限会社浦安温泉物語を吸収合併し、決算期を8月から12月に変更。
・2009年4月15日 - 株式会社福田組が、株式会社湯巡り万華郷の株式を株式会社キョウデンエリアネット大江戸温泉物語グループの資産保有会社)に譲渡(3月27日に株式譲渡契約)。大江戸温泉物語株式会社主導の運営となり、「大江戸温泉物語 浦安万華郷」に施設名を変更。

■つぶやき
日宝のキーワードが登場。
日本郵政(株)の登記簿を見ていたら、赤坂の三井物産・元副社長のすぐそばにキョウデンが移動していた事に気づきました。
要はかつての昭和通商の株主は特に要マークということで。

■関連記事
福田組→キョウデンエリアネット
国会質疑:キョウデンエリアネット

余談ですが、三井物産も東京都道301号白山祝田田町線 沿いなのです。

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国会質疑:キョウデンエリアネット

171 - 参 - 予算委員会 - 14号 :2009年3月16日

大門実紀史君 郵政の問題を取り上げます。
 かんぽの宿の問題は、何もオリックスに限ったことではございません。パネルを用意いたしましたけれども、(資料提示)このパネルは郵政から
大江戸温泉物語株式会社、またその不動産関連会社であるキョウデンエリアネットに売却されたかんぽの宿などの一覧でございます。
 大江戸温泉物語というのは、名前はほのぼのとしておりますけれども、なかなかやり手の企業でございまして、今全国の温泉旅館を次々と買収をしております。また、キョウデンエリアネットも含めて、実はこれは企業買収ビジネスで今急成長しておりますキョウデングループの一員の企業でございます。何千億という企業買収を手掛けてきたグループでございます。
 まず、売却価格が大変おかしいわけですけれども、八物件合計で三百四十億円で建設したものをわずか十一億円、三十分の一以下で売却されたということです。これは、簡易保険の加入者とか郵貯の貯金者のお金が三百億円以上一遍に消えたという大変けしからぬ問題でございます。
 特に、一番上にあります日光霧降の施設は総工費二百十億円も掛けて建てたものをわずか六億三千万円、これは固定資産評価額を調べると三十六億円ですか ら、その六分の一で払い下げられました。現在、この施設は実は開業をしておりまして、リニューアルして大江戸温泉物語日光霧降として大変人気のある施設で 大繁盛しております。また、佐渡と妙高については既に転売されているわけですね。すなわち、
この大江戸温泉イコールキョウデングループでございますけれども、かんぽの宿の買収で大もうけをしたということになります。
 また、入札の契約、経過もおかしいわけでございまして、ほとんど大江戸との実質随意契約でございます。一社が参加したとありますけれども、これも当て馬、出来レースの疑いが非常に濃いわけですね。
 なぜ、こんなところにもうけさせたのかという疑問がわくわけですけれども、日本郵政の西川社長にお聞きいたします。こういう郵政の物件を安く買いあさっ て大もうけをしてきたこの大江戸温泉、その親会社であるキョウデングループの大株主になっている銀行はどこか御存じですか。

参考人西川善文君) お答えいたします。
 私、このキョウデングループの株主構成などは、申し訳ございませんが、承知いたしておりません。
   
大門実紀史君 知らないわけはないと私は思うんですけれども、あなたの出身であり、あなたが今でもツーカーの関係にあります
三井住友銀行でございます。
 キョウデンの有価証券報告書を見ますと、三井住友が大株主、三十三万二千株所有と書かれて、記載されているところでございます。さらに、こういう買収の 資金を提供したのも三井住友銀行です。ですから、言い換えれば、キョウデンだけが利益を得たんじゃなくて、裏で利益を得たのは三井住友銀行であるとはっき り申し上げなきゃいけないと思います。
 時間がないので鳩山大臣にお聞きいたしますけれども、日本郵政の中にはチーム西川と呼ばれるメンバーがいるそうでございます。つまり、西川さんが三井住 友銀行から連れてきたスタッフ、その一人である
横山邦男専務執行役員というのはこの郵政所有不動産の売却契約の責任者でございます。ちなみに、その横山さ んも西川さんもいまだ三井住友の株を保有しておられます。西川さん、七千株持っていらっしゃるわけですね。利害関係者でございますね。
 私は、この問題を調べてみて、日本郵政内部の、日本郵政の内部にいる三井住友銀行関係者がこういうかんぽの宿の売却を通じて三井住友銀行に対して利益供 与をしている疑いが払拭できないわけでございます。実は、オリックスよりも、私、ふだん金融やっていますんで、日本郵政と三井住友の癒着の方が実は問題の 本質、本丸ではないかというふうに思っております。今日は触れる時間ありませんけど、例えば巨額の郵政資金が三井住友系の信託に預託されている問題とか、 カードのときも、郵貯は三井住友カードと提携をした問題とか、三井住友が、実はこの癒着というならば、私はそれこそ調べる必要があると思っているところで ございます。
 そうはいっても、まず大臣に、このかんぽの宿を含めて郵政の物件売却について、公社の時代も含めて、そして三井住友の関係も含めて、きちっと調査、検証してもらいたいと思いますが、いかがですか。


○国務大臣(鳩山邦夫君) この資料は私も正直言って今日初めて見ましたけれども、三百三十八億八千万で取得したものが十億九千七十七万円 で売却ということでございまして、私はかんぽの宿の契約について問題を提起したわけでございますが、実はその民営化以前の公社時代の問題が三回のバルク売 り等出てまいりまして、千円が四千九百万になったとか、一万円が六千万円になったというような話が次々に出てまいったり、あるいはバルク売却で幾つかのグ ループが争っているように見えて同じ役員が両方にいたとか、いろんな話があるものでありますから、これは入札談合を疑わせるような事柄も正直言って散見で きるわけでございますので、また、バルク売却において入札参加した会社に本当に資格があったかどうかという、そういう調査をきちんとしたのかと、こういう ような話でございまして、そういうことからやはりいろいろ調べなければならないということでございますけれども。
 私は、民営化してからの事柄について、今の郵政事業株式会社に関しては報告徴求の権限を持ちますが、それはありませんので、三月三日に、第十四条一項に 規定する監督権限に基づいて、明日を期限として公社時代の不動産売却に関して資料を出せと、資料を出して報告するように、出せではありません、要請したと ころでございまして、明日要請にこたえてくれると思いますので、今後、きちんと総務省として総力を挙げて調査をしていきたいと思います。
   
大門実紀史君 時間が来ましたので終わります。きちっと調べていただきたいと思います。
 ありがとうございました。

Kyoden


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