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2011年3月

2011年3月31日

抽せん機/NHKアート

抽せん機
【出願番号】特許出願平11−7469
【出願日】平成11年1月14日(1999.1.14)
【出願人】
【識別番号】595071933
【氏名又は名称】株式会社エヌ・エイチ・ケイ・アート(NHKアート)
【住所又は居所】東京都渋谷区宇田川町7−13  第2共同ビル

※ロト抽せん器の特許

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抽選機/東邦精機

抽選機
【出願番号】実用新案出願平7−4443
【出願日】平成7年(1995)4月14日

【出願番号】実用新案出願平7−4444
【出願日】平成7年(1995)4月14日
【出願人】
【識別番号】595067936
【氏名又は名称】東邦精機株式会社
【住所又は居所】東京都大田区上池台5丁目1番1号

Zu1

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2011年3月30日

片岡一久宝くじ部長の軌跡 ver1.3

宝くじのルーツといえば、日本勧業銀行第11代目の宝くじ部長である片岡一久氏です。
宝くじ部長に正式就任したのは遅かったものの、戦時から片岡氏は宝くじの前身である台湾彩票という富くじや、福券、勝札に関与しています。

片岡一久氏経歴
片岡敬吉(父)--日本興業銀行監査役
三重県鈴鹿市出身
東北帝国大学文学部卒業
(1936年2月26日--二二六事件)
1936年4月*****-日本勧業銀行台北支店入行
※台湾総督府が発行する富くじ「台湾彩票」に出会う
※台湾彩票は台湾総督府民政局長=後藤新平岩手県水沢出身)が発案
1938年2月*****-日本勧業銀行京都支店に転勤
1938年11月3日--小寺淑子と結婚
※式は帝国ホテル、日本興業銀行総裁夫妻の媒酌
1941年6月21日--日本勧業銀行本店営業部に転勤
1942年12月----戦時債券部に異動、「南方経済調査団」の一員に抜擢
1943年4月----—マレーにて富くじ「興南彩券」を発売
1944年----大蔵省国民貯蓄局計画課、林修三課長(34)と出会う※片岡一久氏(33)
※国民貯蓄局氏家局長
1944年8月30日--福券を小磯内閣の蔵相石渡莊太郎が発行命令
1944年9月25日--福券、全国一斉発売
1945年5月8日--—大蔵省に資金吸収特別方策委員会発足
※広瀬豊作会長(蔵相)、山際正道委員(大蔵次官)、氏家武委員(大蔵省国民貯蓄局長)ほか
1945年7月6日--—「勝札」発売
(1945年8月15日--終戦)
1945年8月25日--「勝札」抽せん会(勧銀長野支店にて)
1945年10月29日—第1回宝くじ、全国一斉発売
1946年6月28日--次長として福井支店に転勤
※当時の福井支店長は篠田栄三郎氏→新村千春徳武卯三郎
(1948年6月28日--福井地震)
1950年8月*****-次長として名古屋支店に転勤※名古屋支店長は田林政吉
※「丸八会」中部経済新聞社、三宅兼松常務に接近
1953年2月*****-東京本店審査第一部企画課に転勤
1955年8月19日--支店長として岡崎支店に転勤(1958年1月19日まで)
1958年1月20日--支店長として五反田支店に転勤(1959年11月1日まで)
※若林二三夫常務(若林電気)、福島正治社長(東邦精機)、永野英雄社長(光洋電機)と知り合う
■■■■■■■■■■■■■■
1959年11月----宝くじ部長就任
1967年5月*****-—日本勧業銀行取締役審議室長
1967年10月*****-(株)日本宝くじ販売営業開始(増田篤社長)
1967年11月*****-日本勧業銀行常務取締役審議室長
1968年5月*****-—日本勧業銀行常務取締役企画部長
※1968年頃、日本アイ・ビー・エム、椎名武雄副社長、および三菱樹脂経理部財務課辻輝彦課長代理に出会う
1969年11月29日--—(株)日本宝くじ販売、(株)日宝販に商号変更
1970年5月*****-—日本勧業銀行退任
1970年6月*****-—(株)日宝販会長、南桜商事(株)社長
1970年7月*****-—(社)東京宝くじ協会顧問
1970年9月*****-—中部経済新聞社相談役
1971年6月*****-—インターナショナル・エージエンシー取締役
1971年10月*****-中経映像監査役
(1971年10月1日--第一勧業銀行発足)
1972年7月*****-中経企業(株)取締役
1973年8月
*****-(株)ヒビヤ・エージエンシー取締役(設立1973年8月21日)
1974年5月*****-中部経済新聞社取締役
1974年8月*****-(株)企画研究所取締役
1975年5月*****-中部経済新聞社監査役、全日本テレビサービス(株)取締役、中経企業(株)監査役
1976年6月
*****-(株)日宝販社長、(社)東京宝くじ協会名誉会長
1976年12月15日--逝去

椎名武雄氏→HOYAからのコネクション〜その1参照
辻輝彦氏→ブルドックソース買収事件の不可解参照

■考察
興味深いのは片岡氏の異動があった支店です。
戦後すぐが福井支店次長なのですが、これはポイントでしょう。
戦後、色んなベクトルが福井に向かっています。福井には何かあるように思えます。
また、五反田支店では支店管轄の会社を、宝くじ抽せん機器の製作会社としています。

南桜商事→現在の
日新建物(株)
全日本テレビサービス(株)→現在の(株)
NHKアイテック
日宝販→
現在のケイ・エス・オー(株)
※機能的には日本ハーデス(株)のほうが日宝販の実質的後継

ヒビヤ・エージエンシー→現在の三都興業(株)※現在日本土地建物の大株主

NHKアイテックとその関連会社においては、現在も勧銀人材との関係が続いているようです。
中でも(株)アイテックリース東京リースの関連会社となっています。
全日本テレビサービス(株)の設立は1969年7月23日で、勧銀南別館にて営業開始しているのも興味深いところです。この後、NHKと勧銀人脈との繋がりは現在に至るまで続いているようです。
※中経企業は中部経済新聞社の関連企業で、宝くじ販売も定款に入れています。

退社後の日宝販での活動で不可解なのは、名古屋日宝販を設立する際の片岡氏の挙動です。
それは「取締役宝くじ部長/大山真人著」で次のように書かれています。

「取締役宝くじ部長」より>
まず精力的に各地に日宝販の支社、支店を開設しはじめた。とくに名古屋支店開設にはことのほか熱を入れた。
<中略>
中村にあった彼の自宅を間借りしての強引な開設だった。そして本人をむりやり嘱託社員に据えた。
※彼とは中日新聞記者の杉藤四郎のこと。

名古屋日宝販は1970年12月設立のようですが、1980年には愛知日宝販が設立されたので、閉鎖されているのでしょう。
片岡氏は1970年9月に中部経済新聞社の相談役に就任しているので、慌てて会社を設立した理由は、何かその辺りが関係していると考えるのが妥当です。

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大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その8

アドバックスと共同都心住宅販売〜その2

前回は東京リート人脈会社とアドバックス、共同都心住宅販売の移転履歴の共通点を書きました。
今回は役員の重複について表にまとめてみました。

VQ アドバ 東リ 東リ投 共都
山田雅俊氏 代/取 代/取 --
阿曽芳樹氏 代/取 取/監 --
福田光博氏 --
小林弘志氏 -- --
井出真氏 -- -- --
風間勇二氏 -- -- 代/取
芳賀敬氏 -- -- --
佐藤治雄氏 -- -- --
佐竹右行氏 -- -- --

VQ(ビジョンクエスト)、アドバ(アドバックス)、東リ(東京リート)、東リ投(東京リート投信)、共都(共同都心住宅販売)
代=代表取締役、取=取締役、監=監査役

その他、パワーインベストメント(東京リート投信)に
野瀬一成取締役(ダイナシティ)/2004年2月17日〜2005年6月24日退任
パワーインベストメントに
野口英昭取締役(エイチ・エス証券)/2005年6月24日〜2006年1月18日死亡
共同都心住宅販売に
天井次夫代表取締役/取締役(バリュークリエーション)/1996年10月4日〜2000年3月21日退任

この様に、ライブドア方面でも名前が出ている方々も、ぽつぽつと役員となっています。
次回は東京リート人脈と政界との接点についてです。

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2011年3月29日

大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その7

アドバックスと共同都心住宅販売〜その1

東京リート
の人脈が交錯する企業にアドバックス共同都心住宅販売があります。
共同都心住宅販売は(株)スルガコーポレーションの地上げに絡み、光誉実業の朝治博社長とともに風間元社長が逮捕され広く世間に知られた会社です。
その辺の情報は、色んなサイトで書かれていますので、ここでは割愛いたします。
また、アドバックスの前身であるスノーヴァについては、これもまた興味深い会社なので、別途考察することとして、今回はスノーヴァの創業者である大塚政尚社長から山田雅俊社長に交替した辺りからの考察をします。

(株)アドバックス
【法人履歴】
1998年1月5日----東京都中央区日本橋小伝馬町16−8に移転
1998年4月9日----(株)エスエヌヴィから(株)スノーヴァに商号変更
2001年6月25日--—大塚政尚社長から山田雅俊社長に交替
2002年6月25日--—山田雅俊社長辞任※取締役は継続(後任:嶋田彰社長)
2002年8月1日----(株)アドバックスに商号変更
2002年8月1日----東京都渋谷区渋谷2−9−11に移転
2004年7月20日--—東京都渋谷区渋谷2−5−3に移転
2005年6月29日--—東京都千代田区五番町6−2に移転
2006年12月21日--東京都中央区銀座7−13−10に移転
2011年1月1日----GNU(株)に商号変更
2011年1月1日----東京都千代田区岩本町2−15−10に移転

共同都心住宅販売(株)
【法人履歴】
1995年8月7日----設立(東京都渋谷区代々木1−5−12)
1996年11月12日--東京都千代田区神田多町2−2−22に移転
1999年9月25日--—東京都渋谷区渋谷2−9−11に移転
2004年8月7日----東京都千代田区五番町6−2に移転
2007年12月20日--東京都杉並区高円寺南5−28−15−103号に移転

【考察】
先ずは移転住所の考察から。
見ていただいてわかるように、東京リートのシリーズでお馴染みの2つの住所に2社とも移転しています。
(株)東京リート投信(株)東京リート(株)ビジョンクエスト(株)城西企業と(株)スリーアローズでも登場する住所です。それを時系列で並べてみます。

東京都渋谷区渋谷2−9−11
1997年12月26日・共同都心住宅販売(株)が同住所の青山シティビルを取得
1999年3月10日--(株)ビジョンクエスト移転
1999年9月25日--共同都心住宅販売(株)移転
2000年2月9日--—(株)東京リート設立
2000年12月11日*****---—ビジョンクエスト転出
2000年12月14日--(株)ロビージャパン設立
2001年4月12日--(株)東京リート投信設立
2002年4月1日**********東京リート投信転出
2002年4月23日・共同都心住宅販売(株)が青山シティビルを売却
2002年8月1日--—(株)アドバックス移転
2002年8月1日--—(株)東京スノーヴァ移転
2003年10月20日—(株)ADVAX−MASH設立
2003年12月18日*****-—(株)ロビージャパン転出
2004年2月2日--—(有)グロースワン設立
2004年7月20日*****---—アドバックス転出
2004年7月20日*****---—ADVAX−MASH転出
2004年8月7日**********共同都心住宅販売転出
2004年9月2日**********東京リート転出
2004年12月8日*****---—グロースワン転出
2006年1月31日*****---—東京スノーヴァ転出

東京都千代田区五番町6−2
2004年8月7日--—共同都心住宅販売(株)移転
2004年9月2日--—(株)東京リート移転
2005年3月15日--(有)グロースワン移転
2005年6月29日--(株)アドバックス移転
2006年1月31日--(株)東京スノーヴァ移転
2006年12月21日*****---アドバックス転出
2007年1月15日*****---—東京スノーヴァ解散
2007年4月9日--—(株)スリーアローズ移転
2007年8月24日--(株)城西企業、支店設置
2007年10月15日—グロースリート・アドバイザーズ(株)(東京リート投信)移転
2007年12月20日*****---共同都心住宅転出
2008年5月12日*****---—スリーアローズ転出
2008年5月20日*****---—城西企業、支店廃止
2008年9月1日**********グロースリート・アドバイザーズ転出
2009年6月1日**********パレックス(東京リート)転出

(有)グロースワンはここで初めて書いたのですが、ここは東京グロースリート投資法人に物件を売却している会社で、ここもビジョンクエスト人材です。
共同都心住宅販売が一時期移転していた千代田区神田多町2−2−22には明治機械(株)があります。

以上のように、移転住所を見ても共通性が多いのですが、次回はこれらの会社役員の共通点(重複)について考察してみます。

【関連記事】
ジャスコと第一銀人脈

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2011年3月25日

ペンタックスを分析〜その3

HOYAシリーズで登場した会社、人物に絡む履歴をまとめてみます。

2005年4月27日--—東京ドーム、森信博取締役就任
2005年6月17日--—HOYA、児玉幸治取締役就任
2005年6月20日--—ハートエージェンシー、
三橋信一郎代表取締役社長退任
2005年6月24日--—ペンタックス、三橋信一郎常務取締役就任
2006年9月30日--—
日本オー・シー・アール(株)、解散
2006年10月5日--—バンクテック・ジャパン、ジャスダック上場
2006年12月21日--
HOYA、ペンタックスの経営統合に向けた基本合意の旨をIRを発表
2007年4月26日--—東京ドーム、
児玉幸治監査役就任
2007年6月27日--—
ペンタックス、三橋信一郎常務取締役退任
2007年6月27日--—
ペンタックス、中村渡監査役就任
2007年7月3日----
HOYA、ペンタックスに対するTOB開始
2008年6月27日--—(株)クロノス、三橋信一郎代表取締役社長就任、森信博取締役就任
2008年6月27日--—日本ハーデス(株)、森信博代表取締役社長就任
2008年6月27日--—ケイ・エス・オー(株)、森信博代表取締役社長就任
2008年6月27日--—(株)タカラパック、森信博取締役就任
2008年6月27日--—(株)ソシエテアクセプタンス、森信博取締役就任

【考察】
日本オー・シー・アールは第一勧銀系のOCR会社です。解散になったのは、おそらく代替となる会社ができたからだと思われます。それがバンクテック・ジャパンなのかどうかは定かではありませんが、特許を共同出願したこと、およびバンクテック・ジャパンの成立時期が合うことを勘案すると可能性は大です。
話は逸れますが、第一勧銀系の関連会社で「日本」が冠の会社はとても稀です。
思いつくのは、この日本オー・シー・アールと日本土地建物、日本ハーデスくらいです。
※日本土地建物と日本ハーデスは、第一勧銀系列として正式にリスティングはされていませんが。
おそらく、この日本は日本勧業銀行の「日本」か日本国そのものの日本なんだろうと思います。


三橋
氏、氏はともに第一勧銀台北元支店長です。
三橋氏は慶應義塾大学商学部出身とのこと
※森信博氏も慶應大学出身。
両名併せてハーデス・グループの役員に就任した時期が同じです。
椎名武雄取締役が片岡一久宝くじ部長と親しかったことは、第1回目に書きました。
なんだか、宝くじ繋がりが異様に多すぎるのです。

次回の人脈・コネクション・シリーズは同じような時期に起きた、新日本無線のTOB劇について書く予定です。

【つぶやき】
慶應三羽烏→椎名氏(日本IBM)、茂木氏(キッコーマン)、小林氏(富士ゼロックス)はいずれも経済同友会。
※三極委員会にも三氏が入っていたと思います。
慶應大学出身者が目立ちます。

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ペンタックスを分析〜その2

ペンタックスを分析の第2回目。
今回は先ず中村渡監査役が監査役を務めている、もう一つの会社、バンクテック・ジャパン(株)の紹介からです。
この会社は2006年10月5日にジャスダック市場に上場するのですが、2010年4月27日には経営者によるMBOで上場廃止します。
あまりに早すぎる市場からの撤退です。何のために上場したのか疑問を感じます。
会社の沿革を短くまとめると、元はOCR装置販売会社であるレコグニション・エクイプメント・インコーポレイテッドの日本営業所で、この会社の営業権が日本で作られたバンクテック・ジャパンに譲渡され、その後MBOにより、米国バンクテック・インク社グループから独立、上場目的で設立のジャフコが用意した下記会社に合併吸収という、かなり複雑な経緯となっています。

1990年11月9日----カナール・エアロスペース(有)設立(東京都港区新橋1−18−16)
2002年3月26日----東京都千代田区丸の内1−8−2に移転←ジャフコのある第二鉄鋼ビルディング
(2002年6月17日----バンクテック・ジャパン、みずほ銀行、日宝業務センター、特許出願)
2002年7月29日----カナール・エアロスペース(有)を組織変更、ジャフコ・エムビーオー(株)設立
2003年2月1日----—東京都目黒区下目黒1−8−1アルコタワー8Fに移転
2003年2月1日----—バンクテック・ジャパン(株)を吸収合併、同社名に商号変更
※調べていて気づきましたが、カナール・エアロスペースの元代表住所がスパークス・アセット・マネジメント投信、阿部社長宅と棟違いの向かいマンションでした。

バンクテック・ジャパンの宝くじ関連特許※取得はできなかったようです
【発明の名称】宝くじの支払金の適否を判定し、宝くじを種類毎に仕分けするシステム
【出願番号】特許出願2002−175519
【出願日】平成14年6月17日(2002.6.17)
【出願人】
【氏名又は名称】株式会社みずほ銀行
【住所又は居所】東京都千代田区内幸町1丁目1番5号
【氏名又は名称】株式会社日宝業務センター
【住所又は居所】東京都文京区白山5−16−6
【氏名又は名称】バンクテック・ジャパン株式会社
【住所又は居所】東京都目黒区下目黒1−8−1

中村監査役は上場時から、バンクテック・ジャパンの監査役です。
もう1社、(株)Eストアーの監査役でもあるのですが、この会社の所在地、東京都港区西新橋1−10−2ソフトバンク・インベストメント(株)の旧拠点ビルです。
シリーズ・東京リートのほうでも登場する住所ですのでご確認ください。
ソフトバンク・インベストメントといえば、北尾吉孝社長で野村出身です。
※北尾社長の出身大学は慶應義塾大学経済学部
ちなみに、隣のビルは日土地西新橋ビル(オーナーは日本土地建物で、ペンタックス三橋常務が社長を務めたハートエージェンシーがあります。
【日土地西新橋ビルにある他の会社】
勧友商事(株)※勧銀系列会社
・みずほクレジット(株)(旧(株)ハートクレジット
※2008年3月解散、みずほクレジットが吸収合併した(株)年金住宅サービスセンターがあったビルはカナール・エアロスペース(有)と同じ
・みずほマーケティングエキスパーツ(株)
・みずほ電子債権記録(株)

【考察】
バンクテック・ジャパンの特許は、要は大量のくじ券の当たりハズレを仕分けるシステムです。
広い東京なのに、住所を見ただけでもニアミスの連続なのですが……。
人脈のほうも書くつもりでしたが、長くなりそうなので記事を分けて次回にします。

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ペンタックスを分析〜その1

ペンタックスは旧社名が旭光学工業で第一勧銀グループの企業です。
wikiによると、新社名のペンタックスはヘブライ語のペンテコステをもじったものとされています。
ペンタックスというと民主党が入っているビルの屋上看板の目がイルミナティの目だ、というような都市伝説もありますが--。
HOYAとの統合に関わるストーリーは、ハートエージェンシー(旧商号:アミカ→ハート商事)の三橋信一郎社長がペンタックスに常務取締役として同社の再建に乗りこんだところから始めるのが良さそうです。
私が不思議に思うのは、この話に関わる人物や会社が直接もしくは間接的に宝くじに関与しているところです。

簡単にHOYAによるTOB開始までの道のりを説明すると、次のとおりです。
2005年6月24日--—ペンタックス、三橋信一郎常務取締役就任
2005年12月16日--スパークス・アセット・マネジメント投信(株)(阿部修平社長)、ペンタックスの発行株式20%超取得のIRを発表
※2005年はIR上はHOYAの動きはなし
2006年12月21日--HOYA、ペンタックスの経営統合に向けた基本合意の旨をIRを発表
※HOYA側(鈴木洋代表執行役最高経営責任者)、ペンタックス側(浦野文男代表取締役社長)
※新社名としてHOYAペンタックスHD(株)、合併期日を2007年10月1日と予定
2007年4月6日----HOYA、報道に対し、「対等の精神の下に両社の経営を統合」、TOB可能性についてIR
2007年4月7日----HOYA,ペンタックスに対し、合併に代わり、株式の公開買い付け(TOB)という形につき協議を行いたい旨の申し入れ
2007年4月10日--—ペンタックス、経営統合断念発表、経営陣交替
※新代表取締役社長執行役員:綿貫宜司氏、浦野文男前社長は退任
2007年4月23日--—HOYA,ペンタックスとの公開買い付けに関する協議継続IR
2007年4月25日--—スパークス・グループ(株)(阿部修平社長)、ペンタックスに対し経営陣交替と合併断念に関し疑義、新役員など株主提案
2007年5月30日--—スパークス・グループ、株主提案取り下げIR
2007年5月31日--—HOYA、ペンタックスとのTOB合意の旨をIR
2007年6月27日--—ペンタックス、綿貫社長、三橋常務退任、中村渡監査役就任
2007年7月3日----HOYA、ペンタックスに対するTOB開始

【考察】
スパークスの阿部社長は野村総研、野村證券出身という経歴で野村系。
同社はペンタックスに対し中村渡監査役の就任を株主提案してきましたが、この方もジャフコなので野村系です。
結局、中村氏は三橋氏と入れ替わりでペンタックスの役員に正式就任するのですが、注目すべきはこの方の経歴です。
他に2つの会社の監査役も先にやっております。その会社は次の2つです。
・バンクテック・ジャパン(株)
・(株)Eストアー
バンクテック・ジャパンは中村氏がジャスダック上場までこぎつけた会社で、イメージプロセシングに強みを持っています。
つまりはハードとソフトを併せたイメージ読み取り技術なのですが、その技術で、みずほ銀行、日宝業務センターと共同で宝くじの読み取りシステムに関する特許を出願しているのです。
そして、三橋氏はペンタックス退社後に、クロノスという宝くじ関連会社の代表取締役社長に就任します。

今回はここまで。
次回はバンクテック・ジャパンの成り立ちと宝くじ関連特許、ペンタックス人脈の分析を行います。

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2011年3月22日

タカラパックとプライムシステム ver1.1

宝くじ関連会社に関して検索で得られる情報は存外に少ないのですが、特許にいくつか確認できる情報が存在します。

特許情報プラットフォーム
1)デフォルトの「特許・実用新案を検索する」を選択
2)キーワードを入力して検索実行
3)一覧表示でリストを表示
4)リストから特許公開もしくは実用新案を選択
5)出願者の住所は「経過情報」→「出願情報」でわかります

今回は「タカラパック」で検索です。
検索結果は1件のみです。

特許公開2002−80014/封筒組替え丁合帯掛け自動機
【出願番号】特許出願2000−271607
【出願日】平成12年9月7日(2000.9.7)
【出願人】
【識別番号】500420029
【氏名又は名称】株式会社タカラパック
【住所又は居所】東京都文京区白山5−16−6
【出願人】
【識別番号】300049866
【氏名又は名称】株式会社プライムシステム
【住所又は居所】東京都江東区塩浜二丁目4番29号

関連記事→封筒組替え丁合帯掛け自動機/タカラパック・プライムシステム

【考察】
特許情報を直接参照していただければ分かりますが、タカラパックプライムシステムの2社共同による出願となっています。
タカラパックはこのシリーズで以前にも書きましたが、旧日宝業務センターで当せん金付証票(宝くじ)の券組み・封緘を主業務とする会社です。
そして、プライムシステムとは後のサンライズ・テクノロジーです。
プライムシステムに関して、後期は色々と問題が取り沙汰されているようですが、そのような情報はネット上に沢山飛び交っているので、ここで取り上げる題材ではありません。
この特許が出された日付(2000年9月7日)はみずほ銀行が発足する前です。※みずほ銀行の発足は2002年4月1日
また、プライムシステムがナスダック・ジャパンに上場するのは、2001年2月なので、それよりも前になります。
上場後、プライムシステムは、この封筒組替え丁合帯掛け自動機が官公庁をはじめとして、売れ行きを伸ばし業績を上げます。※当時の企業説明プレゼン資料より
2002年3月に、東京証券取引所の子会社である(株)東証コンピュータシステムの株式64.5%をも取得するくらいの財力と信用です。
始まったばかりのナスダック・ジャパンという市場で、上場したての企業がここまで躍進するのです。
東京証券取引所のシステム会社を買収するのですから、株式市場においては最大限の信頼度といえるでしょう。
このように上場間もない頃は晩年の体たらくが信じられないほどの、絵に描いたようなサクセスストーリーでした。
この会社の成り立ちについては、ここでもっと考察する必要があると感じます。

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2011年3月21日

HOYAからのコネクション〜その2

第2回目は前回「HOYAからのコネクション〜その1」の続きです。

HOYA児玉幸治取締役のコネクション

■東京ドーム

児玉幸治監査役
林有厚代表取締役会長
秋山智史取締役 富国生命代表取締役 社長
帝国ホテル 取締役
日清紡ホールディングス 監査役
富士急行 取締役
昭和電工 取締役
森信博取締役 日本ハーデス 代表取締役社長
井上義久取締役 朝日生命 代表取締役専務執行役員
野﨑幸雄監査役 みずほ銀行 監査役
みずほFG 監査役
みずほコーポレート銀行 監査役

【メモ】
東京ドームの前身後楽園は宝くじ初期の頃より、勧銀の宝くじ販売を補助しています。
その名残かどうか判りませんが、現在も宝くじ販売会社である日本ハーデスの社長が取締役で在任。
森氏は第一勧銀の台北元支店長でもあります。
野﨑氏はご覧のとおり、みずほ関連主要三社の現任監査役。

■よみうりランド

児玉幸治監査役
正力亨取締役
2011年8月15日ご逝去
日本テレビ放送網 取締役
読売新聞グループ本社 取締役社主
渡邉恒雄取締役 日本テレビ放送網取締役 取締役
読売新聞グループ本社代表取締役 会長・主筆
氏家齊一郎取締役
2011年3月28日ご逝去
日本テレビ放送網 代表取締役会長
読売新聞グループ本社 取締役相談役
加藤奐取締役 京王電鉄 代表取締役会

【メモ】
ご覧のとおり、日テレ、読売の重鎮が集う会社です。

■旭化成

児玉幸治取締役
瀬戸雄三取締役 アサヒビール 元代表取締役会長
池田守男取締役 資生堂 相談役(元取締役会長)

【メモ】
第一勧銀グループ。
亀井静香衆議院議員の兄、郁雄衆議院議員は旭化成工業(旧社名)に在籍し取締役合成樹脂第一事業部長兼会長付まで昇進したとのこと。(Wikiより)

■日本商工会議所

児玉幸治特別顧問
山口信夫名誉会長 旭化成(株)会長
岡田邦彦副会長 (株)松坂屋会長
池田守男特別顧問 上記
神谷一雄特別顧問 松久(株)代表取締役社長

■(社)世界貿易センター

児玉幸治常任理事
篠沢恭助理事 (財)資本市場研究会 理事長
元・(財)国際臨海開発研究センター 理事
伴襄理事 (財)小林国際都市政策研究財団 会長

■(公財)日本生産性本部

児玉幸治理事
椎名武雄副会長 日本アイ・ビー・エム(株)名誉相談役
塚本隆史監事 (株)みずほフィナンシャルグループ 取締役会長

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HOYAからのコネクション〜その1

ペンタックスTOBの件で、未だに揉めているHOYAですが--。
カテゴリー、人脈・コネクション・シリーズ第1回目は、このHOYAから椎名武雄取締役を取り上げます。

この会社は監査役を設置せず、委員会設置会社になっています。
有報を見れば分かりますが、核となっている役員は次のメンバーです。

取締役 備考 主な兼職
椎名武雄  2011年退任 日本アイ・ビー・エム(株)名誉相談役(元会長)
元・三極委員会メンバー
茂木友三郎 キッコーマン(株)代表取締役会長CEO
三極委員会メンバー
河野栄子 (株)リクルート特別顧問(元代表取締役会長兼CEO)
児玉幸治 (財)機械システム振興協会会長(元通産事務次官)
小枝  至 日産自動車(株)相談役名誉会長/日産車体(株)取締役会長
麻生 泰 2011年就任 (株)麻生代表取締役会長

椎名武雄取締役のコネクション
東京岐阜県人会
椎名武雄名誉会長・理事
同会から役員抜粋
神谷一雄名誉会長・理事(松久代表取締役社長)
熊﨑勝彦副会長・理事(オリエントコーポレーション監査役/元東京地検特捜部長)

慶應義塾大学
椎名武雄評議員
同大学から役員抜粋
佐治信忠理事(サントリーホールディングス社長/ACジャパン理事長)
堀内光一郎評議員(富士急行代表取締役社長)
茂木友三郎理事/評議員(上記)
綿貫民輔評議員(国民新党最高顧問/神社本庁長老)
福原義春評議員(資生堂名誉会長)

(社)企業研究会
椎名武雄顧問
同法人から役員抜粋
小枝  至副会長(上記)
・大歳卓麻理事(日本アイ・ビー・エム会長)
・鈴木  洋理事(HOYA代表執行役最高経営責任者)
茂木友三郎理事(上記)
・塙 義一顧問(日産自動車元取締役会長)
・山本一元顧問(旭化成相談役)

(財)日本情報処理開発協会
椎名武雄理事
同法人から役員抜粋
児玉幸治顧問(上記)

(公財)日本生産性本部
椎名武雄副会長
同法人から役員抜粋
児玉幸治理事(上記)
・塚本隆史監事(みずほ銀行頭取)
・野澤  宏評議員(富士ソフト会長)
茂木友三郎評議員(上記)
・山田啓二評議員(全国知事会会長、京都府知事)

バリューコマース
椎名武雄アドバイザー
他メンバー抜粋
児玉幸治アドバイザー(上記)
徳田英幸アドバイザー(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長)

ヤマト科学(株)※ヤマトマテリアルの親会社
椎名武雄社外取締役(1999年6月〜)

(株)十六銀行
椎名武雄社外監査役
他役員抜粋
熊﨑勝彦社外監査役(椎名氏の後任)

また、椎名武雄氏は、片岡一久宝くじ部長とも知り合いであったことが、「取締役宝くじ部長/大山真人著」で書かれています。
取締役宝くじ部長より抜粋>
同じ頃、片岡は、コンピューターを使った合理化を一段と押し進めるために、当時日本IBMの副社長だった椎名武雄とはじめて会っている。

「この男は第二次どころか第五次オンライン化をも考えて発言しているとてつもない男だ」と椎名は舌を巻いた。

片岡は椎名と面識を得たのを機会に、親友の若林電気常務の若林二三夫と三人で「前向きの会」という集まりを作った。情報交換と心身のリフレッシュを目的としたのである。

とりあえず1回目はここまで。
次回は「HOYAからのコネクション〜その2」を予定。

【追記】
2011年6月21日付けで、椎名武雄社外取締役はHOYAを退任されました。

【参考記事】
片岡宝くじ部長と人脈
表舞台裏舞台〜福本邦雄回顧録

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2011年3月17日

History of 1999 ver1.2

1999年の宝くじ関連会社と、その頃の独断でチョイスした他の出来事をまとめてみました。
※日付が赤字のものが宝くじに関係する出来事です。

1月 千村恒人元(株)日宝販代表取締役社長、ローヤル電機(小野グループ)取締役相談役就任
1月8日 富士ソフトABC、勧角証券の子会社である勧角コンピュータシステムの買収を発表
1月14日 NHKアート、ロト抽せん機特許出願
1月23日 (株)大阪日宝販、大阪市中央区和泉町1-2-10に移転
1月25日 アミカ、港区西新橋1-11-4に移転
3月18日 志帥会結成(初代会長:村上正邦、会長代行:亀井静香)
4月1日 ミニロト、地域限定(関東と近畿地方の13都府県)で発売
4月1日 (株)宝くじネット設立(千代田区九段北4-1-9
4月1日 アミカ、(株)ハート商事に商号変更
4月1日 (株)ハートクレジット設立(港区西新橋1-11-4)
4月23日 石原慎太郎、都知事就任
4月30日 (有)ツートップ設立(千代田区外神田3-14-10)
6月4日 145回衆院、行政改革に関する特別委員会、山本譲司委員が宝くじ収益金の透明性について質疑
6月28日 宝成不動産(株)、定款から宝くじ業務全般を削除
6月28日 (株)日宝販、定款から損害保険の代理業務、不動産の賃貸業務を削除
7月 全国自治宝くじ事務協議会、宝くじATM販売方式の導入を正式に決定
8月4日 (株)ソシエテアクセプタンス設立(千代田区九段北4-1-10 九段ビル
8月7日 ニツセキハウス工業(株)、港区高輪2-15-21 高輪小野ビル移転
8月17日 (株)新日宝業務センター設立(文京区白山5-16-6)
8月20日 帝国ホテルにて第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行、統合発表記者会見
8月20日 (株)エヌエヌシー設立(港区六本木7-15-7 新六本木ビル
8月20日 (株)ケーエルシー設立(港区六本木7-15-7 新六本木ビル
8月20日 (株)エスエヌシー設立(港区六本木7-15-7 新六本木ビル
9月2日 (株)ソシエテ九段、定款から保険代理業を削除
9月6日 (株)新日宝業務センター、(株)日宝業務センターに商号変更
9月25日 (有)青柳に宝くじ販売代行業の定款が追加(宝くじ御徒町駅前センター経営主)
9月25日 共同都心住宅販売(株)、渋谷区渋谷2-9-11 青山シティビルに移転
9月30日 東海村JCO臨界事故
10月1日 (株)ソシエテ九段(株)東京日宝販を合併するために(株)トーニチとして登記
10月1日 (株)トーニチ、港区六本木7-15-7 新六本木ビルに移転
10月1日 (株)東京日宝販(株)トーニチに合併して解散
10月1日 (株)日宝業務センター(株)タカラパックに商号変更
12月1日 日本ハーデス(株)設立(港区六本木7-15-7 新六本木ビル
12月1日 (有)トレジャー・ファクトリー、株式会社に移行
12月3日 プライベートエクイティジャパン(株)設立(千代田区内幸町1-1-7)
※馬場和明代表取締役
12月22日 東証マザーズ開始

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ブルドックソース買収事件の不可解

なんだか必要以上にマスコミで話題となった、スティールパートナーズによるブルドックソースへの敵対的TOB。
そもそも日本のテレビは企業ニュースのほとんどはスルーが多いのに、この時は日本企業が乗っ取られる危険がある、とやたら騒いでました。
ブルドックソースは株式など有価証券資産が貯め込まれていて、買収価値があるらしいですが--
果たして、それが敵対的買収の本当の理由なのでしょうか?

そこで、ブルドックソースにもっと何かあるのではないか、とプロファイリングをしてみました。
すると、興味深い事実が見えてきました。

ブルドック社の辻輝彦監査役は日本一の宝くじコレクターなのです。親子二代のコレクターで、TVに出演されたこともあり、片岡一久宝くじ部長自身が書いた本「宝くじ大作戦」でも紹介されている人物です。
宝くじ大作戦」より抜粋>
辻さんのいうことには、「父親の跡を継いで、私は宝くじマニア二代目」だそうだ。父親という人が、大の宝くじファンで、昭和二十七年に亡くなるまで、コツコツと宝くじ札を集めていたと聞く。

それだけなら、そんな人が役員にいる会社もあるかな、と思うのですが、同社の大株主を調べてみると--
みずほ銀行(宝くじ販売受託金融)、凸版印刷(宝くじ印刷)、日本土地建物ケイ・エス・オー=旧・日宝販および日本ハーデスの株主)など、宝くじに絡む会社がポツポツ見受けられます。
※その他、興和名古屋ビルディング(株)経由で第一銀、トータル保険サービス人脈と繋がります。
それもまた、そんなこともあるかな、で見過ごすこととして--

辻輝彦監査役がもう1社、監査役を務めている会社がありました。
それが日東工器(株)です。
興味深いのは、ブルドックソースと日東工器において監査報告書上の監査法人(新日本監査法人)公認会計士2名も同じであった年度が認められることです。※2005年、2006年の監査報告
つまり、監査役と監査法人2名併せて3名が同じ人物なのです。
こういうことは珍しいのではないかと思います。

スティールパートナーズとの裁判でのブルドックソース側の弁護士は、みずほ証券によるジェイコム株大量誤発注裁判も担当した岩倉正和弁護士。
この方の経歴を見ると--
2000年-2007年 日本スポーツ振興くじ株式会社監査役
日本スポーツ振興くじ=totoですね。
くじ繋がりで、これも興味深いところです。

ブルドックソースのもう一人の監査役は(株)トレジャー・ファクトリーの監査役。
トレジャー=ですね。これも面白い偶然なのでしょうか?
スティールパートナーズは何か他に目的があったのではないでしょうか?

【追記】
ちょっと気になったので、トレジャー・ファクトリーの法人登記簿を見たところ--
野坂社長の2009年の移転後住所が文京区白山になっていました。
実は宝くじ関係会社や役員は白山地名の絡みが多く、また何故かその人脈が関わる会社も白山地名と関係があるケースが見受けられるのです。→白山とダイオーズ

【ポイント】
ブルドックソース辻輝彦監査役と日本勧業銀行片岡一久宝くじ部長が知り合いであった点。

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2011年3月16日

【宝くじの闇】すり替えられた日宝業務センター ver1.2

宝くじ販売業務では日宝販とは別に、その業務をサポートする会社があります。
それが日宝業務センターです。

■(株)日宝業務センター ※現(株)タカラパック
会社法人等番号 0104-01-021818(東京都港区)

【会社目的】
1.宝くじ証票の整理業務
2.宝くじ証票の封入封緘業務
3.宝くじの売捌および当せん金の支払受託業務
4.前各号の業務に付随する業務

要は宝くじの流通に絡む業務と、券組みと封緘、販売と支払です。
宝くじは袋に入れずにそのまま発送する未券のものと、枚数を袋にまとめ封緘された券組みのものに分けられます。
くじの封緘には専用機器が使用され、その機械は以前は(株)フロンテック (埼玉県和光市)が卸していました。
フロンテックは破綻したため、その後、(株)ビー・ピー・エス(東京都江東区)がその業務をバイアウトしたようです。
※フロンテックは(株)プライムシステム (後のサンライズ・テクノロジー)の関連会社
※フロンテックのバイアウトはワールドのMBOで有名な佐山展生氏のインテグラル(株)が行いました。

【法人履歴】
1978年6月20日-(株)日宝業務センター 設立
1999年10月1日-(株)タカラパックに商号変更
2005年6月29日-港区西新橋2-36-1から港区南麻布2-4-7に移転

オリジナルの日宝業務センターは上記のような履歴になるのですが、実は第一勧銀、富士銀行、日本興業銀行が帝国ホテルで合併発表をする直前に、どういう理由か、もう一つ日宝業務センターが設立されているのです。
その法人履歴は次のとおりです。

(株)日宝業務センター ※現 みずほドリームパートナー(株)
会社法人等番号 0100-01-065597(東京都文京区)
1999年8月17日-(株)新日宝業務センター設立(東京都文京区白山5−16−6)
1999年9月6日-(株)日宝業務センターに商号変更
2006年3月31日-みずほドリームパートナー(株)に商号変更

【考察】
1999年8月20日 に行われた第一勧銀、富士銀行、日本興業銀行合併の公式発表後に、意図的に会社を入れ替えたような動きです。
新しい方の会社を日宝業務センターという商号に短期的に変えている点が不審なところです。
どうして、オリジナルのままではいけなかったのでしょうか?
実はこのすり替えの痕跡は、第一勧銀が公表しているディスクロージャー資料上でも確認できます。
1)1999年発表グループ会社資料
より

Ngyomu1

2)2000年発表グループ会社資料より

Ngyomu2_2

見ればわかりますが、設立年月日と資本金が変わっています。
※資本金が5000万円から1000万円に減少しています。※登記簿どおり
※住所が両方とも文京区白山となっており、登記事実と異なっています。
もう1点、1999年には第一勧銀のグループ会社として列記されていた(株)日宝販が2000年には削除されてなくなっています。
これは私個人の推測ですが、3行が統合する前に、第一勧銀は過去の会社を隠したかったのではないでしょうか?
現在、オリジナルの日宝業務センターであるタカラパックの業務は、宝くじ証票の封入封緘業務のみになっています。
※ビーピーエスの企業サイトを見ても、主要取引先はタカラパックとなっています。
発売前の宝くじ証票を封緘する作業は重要で機密性の高い業務に思えますが、「利益供与事件関係者名がハーデス・グループに見受けられる件」で書いたように、同事件の逮捕者と思われる名前が登記簿上で確認できるのです。
みずほ銀行が公式に発表している宝くじ関連会社は、みずほドリームパートナー(株)だけです。
タカラパックは公式発表資料では、どこにも記載されていません。

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日宝販 ver1.7

(株)日本宝くじ販売
→(株)日宝販
→(株)クロノス
→(株)勧翔
→ケイ・エス・オー(株)

1967年10月4日-(株)日本宝くじ販売設立(勧銀有楽町支店3階ー千代田区丸の内3-1)
1969年11月29日-(株)日宝販に商号変更
1973年11月27日-東京都千代田区丸の内3-5-2から東京都港区新橋4-6-15に移転
1978年7月18日-東京都港区六本木7-15-7 新六本木ビルに移転
1994年7月1日-東京都千代田区九段北4-1-10 九段ビルに移転
2001年4月2日-(株)千葉日宝販、(株)神奈川日宝販、(株)愛知日宝販、(株)大阪日宝販を合併
2001年6月1日-(株)クロノスに商号変更
2003年11月1日-(株)勧翔に商号変更
2003年11月4日-(株)勧翔より(株)クロノスを分割設立
2007年4月27日-(株)プルトンを吸収合併
2008年3月31日-ケイ・エス・オー(株)に商号変更

■考察
日宝販は戦後始まった宝くじ販売の核となった会社です。宝くじの取り扱いが日本勧業銀行ということで、役員の多くは勧銀OBで支店長経験者です。それは、みずほ銀行となった現在も基本は変わっていません。
役員の異動履歴を分析すると、大きく変動があったのは第一勧銀利益供与事件最中の1997年6月と第一勧銀、富士銀行、日本興業銀行の3行合併発表があった1999年8月から、みずほ銀行がスタートする2002年4月1日の間です。
特に3行合併発表後は、第一勧銀の元システム部長が代表取締役として就任していた時期もあるのでシステム周辺に大きな変更があったのではないかと推測されます。
クロノスに商号が変わった時には役員の数も激減し、不動産業など宝くじ販売以外の業務も定款に追加されています。
その後、元からあった宝くじ売場ボックスのレンタル業は、クロノスとして分割独立。勧翔となった時には、不動産業をメインとする会社となり、宝くじ関係の業務は完全に定款から外されます。
吸収合併したプルトンのルーツは宝成不動産(株)という不動産と宝くじ販売の会社です。
日宝販における宝くじ関係の業務は、日本ハーデス(株)に継承された形で現在に至ります。
※プルトンというのはギリシャ神でハーデスの別名です。クロノスはハーデスの親なので、何かその辺りに命名者の拘りがあったのかもしれません。

■大株主
ケイ・エス・オーの大株主として、有報で判っているのは次の2社です。
1)日本土地建物(株)
2)東京センチュリーリース(株)(センチュリーリーシングシステムと東京リースが合併)
この2社はケイ・エス・オーと株式持合をしています。

■役員抜粋

代表取締役
-1997.6
福田一彌
代表取締役
-2002.6
井上時男 日本ハーデス参照
代表取締役
-1995.6
牧岡晃
代表取締役
1995.6-1997.4
千村恒人 1960年3月-早稲田大学商学部 卒業
1960年4月-(株)日本勧業銀行 入行
1982年6月-(株)第一勧業銀行 調布支店長
1984年1月-同行 営業審査第一部次長
1987年8月-同行 営業本部営業審査第一部総括次長
1987年12月-同行 営業本部営業審査第二部長
1990年6月-同行 取締役営業本部営業審査第二部長
1991年2月-同行 取締役営業審査第四部長
未詳-同行 専務取締役
1995年6月-(株)日宝販 代表取締役社長
1995年6月-(株)日宝業務センター 代表取締役
未詳-宝成不動産(株)代表取締役
1995年6月-(株)愛知日宝販 代表取締役
未詳-(株)神奈川日宝販 代表取締役
1995年11月-ワシ中越ボード(株)監査役
1996年2月-(株)サンレジャー 監査役
1996年5月-(株)サンレジャー 取締役
1997年5月-(株)サンクスアンドアソシエイツ 取締役会長
1998年3月-ニツセキ開発(株)取締役相談役
1998年5月-ニツセキ工事(株)取締役会長
1999年1月-ニツセキハウス工業(株)取締役会長
1999年1月-壽工業(株)取締役会長
1999年1月-ローヤル電機(株)取締役会長
1999年4月-ローヤル電機(株)取締役相談役
代表取締役
1996.6-1999.1
山本善彦
代表取締役
2000.2-2001.6
二木淳夫 日本ハーデス参照
代表取締役
1998.6-2005.6
百瀬功 日本ハーデス参照
代表取締役
2002.6-2006.6
福島建夫 1964年3月-早稲田大学政治経済学部 卒業
1964年4月-(株)日本勧業銀行 入行
1991年6月-(株)第一勧業銀行 営業第四部長
1992年4月-同行 企画部長
1992年4月-同行 取締役企画部長
1992年10月-同行 取締役
1994年5月-同行 常務取締役
1996年4月-同行 専務取締役
2002年6月-(株)クロノス 代表取締役
2002年6月-日本ハーデス(株)取締役(-2005.6)

第一勧銀利益供与事件における関係者
代表取締役
2003.6-2004.6
渋谷龍夫 1968年3月-慶應義塾大学経済学部 卒業
1968年4月-(株)日本勧業銀行 入行
1991年3月-(株)第一勧業銀行 総務部総括次長
1993年7月-同行 新橋支店長
1995年7月-同行 総務部長
1996年6月-同行 取締役総務部長
2001年11月-宝成不動産(株)代表取締役(-2003.6)
2003年6月-(株)クロノス 代表取締役

第一勧銀利益供与事件における関係者
代表取締役
2004.6-2005.6
伊藤隆夫
代表取締役
2005.6-2006.6
常見泰夫 日本ハーデス参照
代表取締役
2006.6-2008.6
笠井猛邦 日本ハーデス参照
代表取締役
2006.6-2010.6
大石弘行 (株) 第一勧業銀行 津田沼支店長(1988.4-1990.3)
同行 支店長(1991.1-未詳)
(株)日宝販 取締役(1999.6-2001.6)
(株)日宝業務センター 取締役(1999.6-1999.10)
(株)東京日宝販 取締役(1999.6-1999.10)
(株)ソシエテ九段 取締役(1999.6-1999.10)
(株)神奈川日宝販 取締役(1999.6-2001.4)
(株)愛知日宝販 取締役(1999.6-2001.4)
(株)大阪日宝販 取締役(1999.6-2001.4)
(株)千葉日宝販 取締役(未詳-2001.4)
宝成不動産(株)取締役(1999.6-2002.3)
(株)企画研究所 取締役(1999.6-2002.3)
(株)宝くじネット 取締役(1999.6-2006.6)
(株)タカラパック 取締役(1999.10-2006.6)
(株)ソシエテアクセプタンス 取締役(1999.8-2006.6)
(株)エヌエヌシー 取締役(1999.8-2006.6)
(株)ケーエルシー 取締役(1999.8-2006.6)
日本ハーデス(株)取締役(1999.12-2002.3)
(株)イーエルエム 取締役(2000.1-2006.6)
(株)ティーエルエム 取締役(2000.1-2006.6)
(株)ワイエルシー 取締役(2000.8-2006.6)
(株)オーエルシー 取締役(2000.8-2006.6)
(株)ビーエヌシー 取締役(2000.8-2006.6)
(株)エムエルシー 取締役(2000.11-2006.6)
(株)クロノス 取締役(2001.6-2002.3)
(株)エーエルエム 取締役(2001.6-2006.6)
(株)ハーデス研修企画 取締役(2001.11-2002.11)
(株)シーエルシー 代表取締役(2002.4-2004.4)
(株)エスエヌシー 代表取締役(2002.4-2004.4)
大多喜ゴルフ(株)監査役(2002.8-2011.6)
(株)研修企画 取締役(2002.11-2006.6)
(株)ソシエテアクセプタンス 代表取締役(2004.6-2006.6)
(株)HIT 取締役(2004.6-2006.6)
(株)クロノス 取締役(2005.6-2006.6)
(株)明都物産 取締役(2005.6-2006.6)
(株)ECO−LED 取締役(2005.6-2006.6)
(株)タウンドリーム 取締役(2005.6-2006.6)
勧翔(株)代表取締役(2006.6-2008.3)
ケイ・エス・オー(株)代表取締役(2008.3-2010.6)
日本ハーデス(株)監査役(2010.6-2012.6)
代表取締役
2008.6-2010.6
森信博 日本ハーデス参照
代表取締役
2008.6-2013.6
橋本安生 日本ハーデス参照
代表取締役
2010.6-2011.6
松浦茂
代表取締役
2011.6-2013.6
2014.6-
宮本裕 日本ハーデス参照
代表取締役
2013.6-2016.4
藤原立嗣 1976年4月-(株)第一勧業銀行 入行
2000年5月-同行 大阪営業部長
2002年4月-(株))みずほコーポレート銀行 大阪営業第三部長
2003年3月-同行 執行役員企業第二部長(-2003.4)
2003年6月-(株)オリエントコーポレーション 常務執行役員(-2005.3)
2005年4月-(株))みずほコーポレート銀行 常務執行役員(-2007.3)
2006年6月-(株)総合ビジョン 監査役(-2007.6)
2007年6月-みずほマーケティングエキスパーツ(株)取締役社長(-2013.3)
2013年6月-ケイ・エス・オー(株)代表取締役社長
2014年6月-同社 代表取締役会長
2016年4月-同社 取締役
2016年6月-デンカ(株)取締役
取締役
2017.6-
松浦茂
監査役
2017.6-
秋山聡 (株)みずほコーポレート銀行 執行役員ディストリビューション部長(-2007.4)
みずほ証券(株)常務執行役員アセットマネジメントグループ長(-2010.3)
みずほキャピタル(株)取締役(2010.3-未詳)
七福商事(株)監査役(2017.6-)
(株)クロノス 監査役(2017.6-)
(株)タカラパック 監査役(2017.6-)

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利益供与事件関係者名がハーデス・グループに見受けられる件 ver1.6

第一勧銀利益供与事件逮捕者名
と日宝販およびハーデス・グループで同じ姓名の人物が確認できる会社の一覧をここに掲載します。

■関連記事

第一勧銀利益供与事件における関係者
ハーデス・グループと第一勧銀総会屋事件逮捕者名人物の履歴

役員の就任状況一覧表

会社名
※リンクは登記簿pdf
法人番号 取締役名 在任期間
(株)クロノス→勧翔(株)
旧・(株)日宝販
現・ケイ・エス・オー(株)
千代田区
0100-01
-025764
福島建夫 代表取締役:2002年6月28日-2006年6月30日
同上 同上 渋谷龍夫 代表取締役2003年6月30日-2004年6月28日
(株)クロノス
勧翔(株)より会社分割
東京都港区
0199-01
-085424
福島建夫 代表取締役:2003年11月4日-2006年6月30日
同上 同上 渋谷龍夫 代表取締役:2003年11月4日-2010年6月25日
同上 同上 草島道能 代表取締役:2012年6月29日-2013年6月28日
取締役:2006年6月30日-2013年6月28日
日本ハーデス(株) 東京都港区
0104-01
-039517
福島建夫 取締役:2002年6月28日-2005年6月29日
(株)タカラパック
旧(株)日宝業務センター
東京都港区
0104-01
-021818
草島道能 取締役:2006年6月30日-2010年6月25日
(株)ソシエテアクセプタンス 東京都港区
0104-01
-053469
草島道能 代表取締役:2006年6月30日-2009年6月26日
取締役:2006年6月30日-2012年6月29日
(株)明都物産 東京都港区
0104-01
-052111
草島道能 取締役:2006年6月30日-2009年6月26日
(株)ECO−LED 東京都港区
0104-01
-055877
草島道能 代表取締役:2005年6月29日-2006年6月30日
※(株)明都物産に合併解散
(株)宝くじネット 東京都港区
0104-01
-058421
草島道能 取締役:2006年6月30日-2007年3月16日
(株)HIT 東京都港区
0104-01
-050008
草島道能 取締役:2006年6月30日-2007年3月16日
(株)研修企画 東京都港区
0104-01
-046123
草島道能 取締役:2006年6月30日-2007年3月16日
(株)タウンドリーム 東京都港区
0104-01
-052110
草島道能 取締役:2006年6月30日-2007年3月16日

※業態は宝くじ販売業務でない会社もありますが、
所在地が宝くじ関係の会社と同一であること、
役員の顔ぶれが同じであること、
を考慮すると、密接に関係した会社と判断できると思います。

みずほ銀に集まる権限、知られざる宝くじの裏側
2016年5月2日-週刊ダイヤモンド

知られざる宝くじの裏側 週刊ダイヤモンド 特集BOOKS

Part3-業界のドン「日本ハーデス」監視不能の統治体制の脆さ より

登記簿を見渡すと、1997年の総会屋事件で有罪判決を受けた人たちと、経営陣の総退陣を訴えた中堅「四人組」のうち数人が、わずか3年前まで同じグループ内に役員として混在していた実態が見えてくる。

夢を売る商売の、この怪しさをマスコミがこれまで一切報じなかった不可解。

■考察
2006年6月30日が一つの区切れのようで、草島氏は1年間ECO−LEDの代表取締役を務めた後に一気にハーデス・グループ各社の取締役、代表取締役に就任しています。
小野グループ傘下の(株)サンレジャー(東京都中央区)の代表取締役退任時期と連続しています。
草島道能氏のサンレジャー代表取締役社長退任→2005年6月28日
サンレジャーと第一勧銀人脈

宝くじ販売再委託の責任はどこにあるのか?

当せん金付証票法第六条第7項の規定に基づく再委託承認基準
1 売りさばき及び当せん金品支払交付事務
(1)事業者は、社会的、経済的信用があり、経営者としての資質に問題がある者でないこと

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2011年3月15日

ハーデス・グループ ver9.9e

新しい「日本プロファイル研究所」にてご覧ください!

【宝くじ】ハーデス・グループ

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第一勧銀利益供与事件における関係者 ver1.4

1997年5月に発覚した第一勧銀利益供与事件について。

※肩書は(株)第一勧業銀行における最終のもの

肩書 逮捕者 懲役 執行猶予 特記事項
会長 奥田正司 9月 5年
副頭取 金沢彰 8月 4年 1993年度ネットワーク企画部担当取締役
事件後、(株)共同債権買取機構 代表取締役
副頭取 内田恒雄 8月 4年 1993-1994年度ネットワーク企画部担当取締役
副頭取 藤田一郎 8月 3年 1995-1996年度ネットワーク企画部担当取締役
専務 田中賢二 8月 3年 1993-1994年度宝くじ部担当取締役
専務 福島建夫 8月 3年 1995年度ネットワーク企画部担当取締役
事件後、勧銀系宝くじ関連会社(ハーデス・グループ役員
ハーデス・グループと第一勧銀総会屋事件逮捕者名人物の履歴参照
常務 寺沢康行 8月 3年 1994年度ネットワーク企画部担当取締役
常務 猪爪博 6月 3年 1995年度宝くじ部担当取締役
取締役
総務部長
渋谷龍夫 6月 3年 事件後、勧銀系宝くじ関連会社(ハーデス・グループ役員
ハーデス・グループと第一勧銀総会屋事件逮捕者名人物の履歴参照
営業第七部長 草島道能 6月 2年 事件後、
(株)サンレジャー(小野グループ・壽工業(株)子会社) 代表取締役社長
勧銀系宝くじ関連会社(ハーデス・グループ役員
ハーデス・グループと第一勧銀総会屋事件逮捕者名人物の履歴参照
総務部副部長 真鍋卓史
眞鍋卓史
6月 2年 事件後、栄養食(株)代表取締役社長

総会屋小池隆一による利益供与事件の顛末については書籍で見ていただくこととして、逮捕者と人脈についてここでは扱っていきます。
※特記事項の根拠については、「経営の健全化のための計画」(金融庁に第一勧銀が提出した正式資料)の16Pを参照してください。
赤文字の人物が、勧銀系の宝くじ販売会社、通称ハーデス・グループの役員として名前が確認できる人物です。
また、逮捕以前の年度で宝くじ部担当役員だった方も2名見受けられます。
※上記金融庁リンク資料より以前の年度についての担当は不明です。
逮捕時以前に既に宝くじ部担当だった役員が二人もいるのは、特筆点ではないでしょうか?
マスコミはこの事実を一切報道していないはずです。
また、ネットワーク企画部担当取締役がこうも綺麗に揃っているのは、会社が意図的に人員配置をしていた可能性も想像できます。
ちなみに小池隆一に対して第一勧銀の不正融資が始まったのは、1985年3月頃と関係書籍に書いてあったのを記憶しています。
発覚して特捜部が動いたのが1997年にすぎないということです。

■その他、利益供与事件の参考サイト(外部リンク)

■「会長はなぜ自殺したか 金融腐敗=呪縛の検証」(読売新聞社会部著)より

146-147pより

92年7月上旬。第一勧銀総務部長波多野穣同部総括次長渋谷龍夫は、小池から難題を突きつけられて思案にくれていた。
 当時、小池は実弟の嘉矩が社長を務める小甚ビルディングの名義で同行から56億6千万円の融資を受けていたうえ、実弟の個人名義でも32億5百万円の融資残高があった。


149-150pより

同年(※92年)9月4日、築地の料亭・吉兆で、会長だった宮崎邦次、頭取の奥田正司木島と親しかった副頭取の新井裕波多野の前任の総務部長だった入山晃嗣、それに田中の五人が木島を囲んでいた。  宴席の名目は、この年の初め、食道ガンの手術を受けて退院した木島自身の快気祝いだった。第一勧銀の五人は木島と親しく、木島本人から指名されたメンバーだった

※木島=木島力也、田中=田中賢二

1993年9月2日-木島力也、肺ガンで死亡

154pより

 猪爪は、92年7月波多野と同様に、その処理について、審査担当役員に相談を持ちかけた。当時の担当役員は、専務に昇格していた内田恒雄とその年の5月に審査担当常務になったばかりの寺沢康行である。
 寺沢は第一銀行出身。内田は日本勧業銀行出身だった。第一銀行出身の猪爪はまず、寺沢に銀行の恥部を打ち明ける。その時、寺沢は小池融資の実態を初めて知らされ、驚きを隠さなかった。「聞きたくもない話だ」
 三日後の(※1994年)9月16日。専務だった内田の部屋で、内田と寺沢、それに猪爪と
総務部副部長だった草島道能が話し合った。猪爪は小池が経済的に破綻している状況を詳細に説明したうえで、「小池のゴルフ場開発の可能性は高くなっていますが、これ以上、MOF検(大蔵省の検査)隠しはできないので、焦げついている融資はすべて検査対象として出すことにしようと思います」と述べ、小池への融資も不良債権として大蔵検査で説明しなければならないことを提案した。

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宝くじの闇〜プロローグ

宝くじの闇
事業仕分けで話題となった宝くじ絡みの公益法人ですが、公益法人は宝くじ収益金が最後に行く着くところです。
宝くじに関していえば、最も不明瞭で、世に知られていないのは販売側のシステムです。
宝くじ売場がどの会社に属するのか、どういう業者が流通に関わっているかについては非公開で不明です。
そこで、このブログでシリーズとして、この闇の部分を紐解いていきたいと思います。

【宝くじ販売の分類】
宝くじ販売は大まかに次の3つに分類できます。
1)みずほ銀行直営販売
2)みずほ銀行の関連会社による販売(みずほ銀行が販売再委託した業者)
3)その他サードパーティーの会社による販売(みずほ銀行が販売再委託した業者)

みずほ銀行は宝くじ発行元(自治体)より、宝くじ販売を委託されている金融業者です。
販売を再委託することは法令で認可されていますが、そのガイドラインは存在します。
それは事業仕分け後に発足した宝くじ問題研究会の資料として、みずほ銀行自体が総務省に提出しています。
宝くじ
受託業務について

上記資料より、重要箇所の抜粋
■当せん金付証票法第六条第7項の規定に基づく再委託承認基準
1 売りさばき及び当せん金品支払交付事務
(1)事業者は、社会的、経済的信用があり、経営者としての資質に問題がある者でないこと。

このシリーズを思い立ったのは、
みずほ銀行が作成したと推測される、この内規を、みずほ銀行自信が遵守していないと考えられるからです。

■その根拠
日本経済を震撼させた1997年発覚の第一勧銀総会屋利益供与事件における逮捕者(その後有罪判決)が、第一勧銀系列の宝くじ販売会社グループに代表取締役もしくは取締役として就任している、と判断できるからです。
これは、勧銀系の宝くじ販売会社グループの法人登記簿で、逮捕者と同名の役員が複数名確認できることを根拠としています。
また、第一勧銀系列の子会社、系列会社のほとんどを調査しましたが、逮捕者と同名の役員が就任しているのは、宝くじ販売関連のグループに限られている点も不可解な点です。

このシリーズでは、その不可解な事実と、興味深い現象についてレポートしていきます。

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2011年3月14日

大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その6

前回は城西企業とスリーアローズでしたが、城西企業に絡んでもう一つ会社を紹介します。

(株)コーセーカンパニー
【法人履歴】
1993年5月18日--—(株)コーセーカンパニー設立(東京都渋谷区幡ヶ谷1−6−3
2003年9月1日----東京都世田谷区給田5−17−14に移転

【代表取締役】
野村幸晴代表取締役

【考察】
旧所在地は、城西企業の支店と同じで、現在は城西企業の旧所在地と同じです。
役員も城西企業と同じ名前の方が見受けられ、川島姓の監査役もいます。
業態は城西企業と同じビル管理業のようです。

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大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その5

第5回目は城西企業。
パワーインベストメント(東京リート投信)の大株主であり、
民主党の川島智太郎議員の会社だと聞いたので、調べてみました。

(株)城西企業
【法人履歴】
1986年2月19日----(株)城西企業設立(東京都世田谷区給田5−17−14)
1993年11月22日--—東京都練馬区関町南1−12−4 2階に移転

【支店】
東京都調布市仙川3−8−1
東京都江戸川区北小岩6−41−6
東京都世田谷区松原2−42−9 2階
千葉県千葉市中央区新千葉3−16−11
東京都新宿区市谷田町2−7−15
東京都板橋区上板橋1−19−16
東京都江東区東陽4−5−11 205号
大分県別府市新港町5−1 705号
埼玉県所沢市上安松1106−2
東京都渋谷区幡ヶ谷1−6−3 408号
東京都大田区鵜の木3−16−9
東京都千代田区五番町6−2
東京都中野区中野1ー33−1 105号
大分県大分市中津留2−10−17
神奈川県川崎市幸区古市場2−122−17
熊本県熊本市山室2−7−70

【考察】
川島智太郎議員の名前は閉鎖登記簿のほうにありました。
この会社の特徴は支店が多い、という点でしょう。
世田谷区松原2−42−9はビジョンクエストの住所と同じです。
つまり、極真会館 東京城西支部 明大前道場だった場所です。
千代田区五番町6−2はホーマットホライゾンで、東京リート人脈の色んな会社が集まる住所です。
別府に支店があるのは、別府出身だからでしょう。
調べてみると、川島智太郎議員が取締役に就任している会社は他にもありました。

(株)スリーアローズ
【法人履歴】
1995年6月28日--—(有)アジアエージェンシー設立(東京都江戸川区北小岩8−17−2)
2007年4月6日----(株)スリーアローズに商号変更
2007年4月9日----東京都千代田区五番町6−2に移転
2008年5月12日--—東京都世田谷区松原2−42−9に移転

【代表取締役】
加藤裕之代表取締役(アジアエージェンシー)
梁盛弼表取締役(アジアエージェンシー、スリーアローズ)

【考察】
やはり、住所がこれまで登場した企業と被ります。
川島議員も極真会館の指導者なので、城西支部の住所を使っているのでしょうか?
こうした点から、城西企業の城西は、極真会館城西支部が由来ではないかと推測できます。

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2011年3月13日

大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その4

第4回目は東京リートのルーツを辿ってみます。
その手がかりの一つは、東京グロースリート投資法人(2005年6月24日発表IR)の役員経歴から得ることができます。
阿曽芳樹取締役(非常勤)の経歴より。
1991年4月--(株)ビジョンクエスト取締役
このビジョンクエストについて調べてみました。

(株)ビジョンクエスト
【ビジョンクエストの事業内容】
時間貸駐車場、賃貸管理、不動産仲介、建物総合管理、不動産コンサルティング、レンタルスタジオ、武道教育

【法人履歴】
※同社ホームページの沿革より
1987年8月25日----(株)ビジョンクエスト設立(文京区白山1−33ー19)
※文京区管轄での履歴は分からないのですが、その後の渋谷区と世田谷区管轄法人登記簿より
日付不明*****---東京都渋谷区円山町28−1に移転
1999年3月10日--東京都渋谷区渋谷2−9−11に移転
2000年12月11日—東京都渋谷区神宮前5−49−8に移転
2004年8月30日--東京都世田谷区松原2−42−9に移転
2006年12月15日—東京都世田谷区赤堤4−48−3に移転

【ビジョンクエスト役員プロフィール】
東京グロースリート投資法人IRと役員が著者である本の著者紹介より。
渋谷区円山町28−1所在時--
佐藤正和代表取締役会長
--中央大学卒/藤和不動産(株)常務取締役/ミサワホーム(株)常務取締役
山田雅俊(雅稔)代表取締役社長
--中央大学卒/ビジョンクエスト共同事務所代表/公認会計士
阿曽芳樹代表取締役副社長
--中央大学卒/ホリプロダクション/藤和不動産(株)/秀和(株)/ミサワホーム(株)

【考察】
いちばん最初は白山なのですね。
私が名前としている「白山」というキーワードは重要ですので憶えておいてください。
渋谷区円山町28−1の住所については心当たりのある方もいるのではないでしょうか?
細川ふみえさんとの結婚で話題となった遠藤久人社長の(株)京和ハウズイングがこの住所でした。
遠藤社長と東京リートのメンバーが編者となり出版した本「絵でわかるマンション投資Q&A」(中央経済社)(amazonリンク)もあります。
渋谷区渋谷2−9−11については東京リートと同住所で、東京リートよりも早い時期に移転しています。
※この他、アドバックス共同都心住宅販売もこの住所に移転しているのですが、それはまたの機会に。
世田谷区松原2−42−9は、極真会館 東京城西支部 明大前道場の所在地でした。(2011年に杉並区下高井戸に移転)
というのも、東京リート代表取締役のビジョンクエスト山田雅俊取締役極真会館(松井派)関東本部の本部長で明大前道場の師範なのです。
※格闘技界では山田雅稔さんの名前で有名で大山倍達総裁に関する書籍でもしばしば登場します。
※ビジョンクエストの事業内容にも武道教育が入っています。
そして、阿曽芳樹取締役もこの道場の指導員です。
山田氏のブログによると、東京リートの井出真監査役も城西支部の道場関係者のようです。
城西といえば東京リートの大株主である城西企業が思い浮かびます。
城西企業といえば、民主党川島智太郎議員(Wikiリンク)の会社でもあります。
そして、川島智太郎議員は極真会館東京城北支部、練馬関町同好会の指導者のようです。
次回は城西企業の周辺を考察してみます。

【追記】
Wikiによると細川ふみえさんの父親は海上自衛官で退官時は海将補とのこと。
また、インタビューで遠藤社長が、結婚記念日は11月1日で自衛隊記念日だ、と語っていたりします。

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大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その3

第3回目は東京リート投信の親会社の東京リート。
ややこしいですが、東京リート(親会社)→東京リート投信(運用会社)→東京グロースリート投資法人(REIT)となっています。

(株)東京リート
【法人履歴】
2000年2月9日----(株)東京リート設立(東京都渋谷区渋谷2−9−11
2004年9月2日----東京都千代田区五番町6−2に移転
2006年6月19日--—(株)パレックスに商号変更
2009年6月1日----東京都中央区京橋1−1−5セントラルビルに移転

【考察】
移転した中央区京橋1−1−5アパマンショップホールディングスの所在地です。
1)役員に同社の大村浩次代表が中途より就任していること
2)アパマンショップがSPCを置く千代田区五番町6−2ホーマットホライゾンに移転していること
この2点から東京リートとアパマンショップの関係がうかがえます。

次回は東京リートのルーツを辿ります。

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大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その2 ver1.1

第2回目は東京グロースリート投資法人(現インヴィンシブル投資法人)の資産運用会社について。
上場時の資産運用会社は、(株)パワーインベストメントですが、ここは何度も名前と所在地が変わっています。

(株)パワーインベストメント
2001年4月12日—(株)東京リート投信 設立(東京都渋谷区渋谷2-9-11 青山シティビル
2002年4月1日-エスビーアイリート投信(株)に商号変更
2002年4月1日-東京都港区西新橋1-10-2 住友生命西新橋ビルに移転
2003年5月31日-(株)パワーインベストメントに商号変更
2003年7月1日-東京都新宿区西新宿6-10-1 日土地西新宿ビルに移転
2004年5月6日-東京都新宿区西新宿6-8-1 住友不動産新宿オークタワー 27Fに移転
2006年5月29日-グロースリート・アドバイザーズ(株)に商号変更
2006年5月29日—東京都千代田区九段北4-1-9に移転
2007年10月15日-東京都千代田区五番町6-2 ホーマットホライゾンに移転
2008年9月1日-東京都千代田区一番町23-3に移転
2010年2月1日-東京グロースリート投資法人とエルシーピー投資法人との合併に伴い、エルシーピー・リート・アドバイザーズ(株)に運用会社変更
2010年2月1日-合併に伴い本店が東京都中央区日本橋1-5-3 日本橋西川ビルとなる
2010年2月1日-コンソナント・インベストメント・マネジメント(株)に商号変更
2010年2月1日-東京グロースリート投資法人はインヴィンシブル投資法人に商号変更
※エルシーピー・リート・アドバイザーズ(株)の旧住所は東京都中央区日本橋茅場町1-1-7

■パワーインベストメント時の大株主
(株)東京リート      東京都千代田区五番町6-2 ホーマットホライゾン
エイチ・エス証券(株)   東京都新宿区西新宿6-8-1 住友不動産新宿オークタワー
(株)パワーマネージメント 東京都港区赤坂1-14-5
(株)城西企業       東京都練馬区関町南1-12-4
(株)武翔総合管理     東京都練馬区旭丘1-20-7
(株)オール商会      東京都中央区銀座1-24-9
廣田証券(株)       大阪市中央区北浜1-1-24
黒川木徳証券(株)     東京都中央区日本橋1-16-3
リテラ・クレア証券(株)  東京都中央区日本橋茅場町1-6-11

■考察
しかし、かなりの回数、移転を繰り返しています。
特徴としては商号を変更してから、同日付で移転しているので、新しい所管法務局では登記簿上は新商号から始まることになります。
新宿区西新宿6-8-1への移転は株主のエイチ・エス証券との連携でしょう。
その前は日土地西新宿ビルに移転していますが、この日付には登記簿上、東京リース(株)も六本木から同じ日土地西新宿ビルへ移転しています。
東京リースは日本土地建物グループなのですが、その後の九段北住所が日本土地建物と関係のあるグループ会社拠点と至近(隣のビル)なので気になるところです。
それも併せ、この会社の特徴的なところは、港区西新橋1-10-2千代田区九段北4-1-9に移転した点でしょう。
実はここと似たような移転履歴の会社がいくつかあるのですが、この2箇所に移転したのはここだけです。
前者はおそらく名前にもなったSBIの絡みで、後者はある会社と同じビルだと気づきました。
それは、また別の機会にお話しします。
次回は親会社である東京リートの履歴についてです。

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大阪生まれな東京グロースリート投資法人〜その1

エイチ・エス証券が主幹で上場した企業の中で東京グロースリート投資法人というリート(REIT)があります。
東京という冠な割に、出身が大証REIT(pdfリンク)なんです。
このリートにまつわる面白い事実を、何回かに分けて書いていこうと思います。
先ずは手元にある有価証券届出書の「主要な投資主の状況」(※2004年5月時点)から--
全国保証株式会社(所有比率29.2%)
里見 治(所有比率14.6%)
株式会社ニッシン(所有比率14.4%)
株式会社エイチ・アイ・エス(所有比率14.4%)
株式会社ドン・キホーテ(所有比率8.6%)
株式会社ユーラシア旅行社(所有比率8.6%)
山中孝一(所有比率2.9%)
株式会社パワーインベストメント(所有比率2.2%)
ビューティービルサービス株式会社(所有比率2.2%)
牧 義彦(所有比率1.4%)

短いですが初回はここまで。
次回は、パワーインベストメントの歴史を振り返ります。

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日本プロファイル研究所について:2017年7月18日改訂

■日本プロファイル研究所について

日本の人脈研究を目的とする非営利・独立系調査機関として2011年3月に立ち上げました。

■氏名、会社名の取り扱いについて

企業の公式サイトやIR,登記簿、有価証券報告書、報道などで公表されている法人名、個人名をそのまま使用しております。

■当サイトのリンク、記事引用について

リンクに関してはご自由にしていただいて構いません。
引用は当サイトの記事であることを明記して、どこからどこまでが引用記事なのかが明確にわかるようにしてご使用ください。

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記載内容について誤りがありましたら、下記メールアドレスまでご連絡ください。
事実関係を確認し、記事の修正または削除を行います。

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というのも、利害関係のある弁護士や関係者が本人の訴えが無いにも関わらず、独断で削除要請などをしてくるケースがあるからです。
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